かねてより心ぞいとど澄みのぼる月待つ嶺のさを鹿の声
新勅撰集・秋
小倉山ふもとをこむる秋霧に立もらさるるさをしかの声
新古今集
きりぎりす夜寒に秋のなるままによわるか声の遠ざかりゆく
新古今集・雑歌
たれ住みてあはれしるらむ山里の雨降りすさむ夕暮の空
新古今集・雑歌
雲かかる遠山畑の秋されば思ひやるだにかなしきものを
立田山しぐれしぬべく曇る空に心の色を染はじめつる
初しぐれあはれしらせて過ぬなり音に心の色を染めつつ
新古今集・冬
月を待つ高嶺の雲は晴にけり心あるべき初時雨かな
くれなゐの木の葉の色をおろしつつあくまで人に見する山風
瀬にたたむ岩のしがらみ波かけて錦を流す山川の水
秋すぎて庭のよもぎの末見れば月も昔になる心地する
さびしさは秋見し空にかはりけり枯野を照らす有明の月
新古今集・冬
小倉山ふもとの里に木の葉散れば梢に晴るる月を見るかな
真木の屋のしぐれの音を聞く袖に月の漏りきて宿りぬるかな
道閉ぢて人訪はずなる山里のあはれは雪に埋もれにけり
風になびく富士のけぶりの空にきえて行方も知らぬわがおもひかな
新古今集・恋
疎くなる人をなにとて恨むらむ知られず知らぬ折もありしを
流れ絶えぬ波にや世をば治むらん神風すずし御裳濯の川
なき人をかぞふる秋の夜もすがらしをるる袖や鳥部野の露
かたがたにはかなかるべきこの世かなあるを思ふもなきを偲ぶも
世の中の憂きも憂からず思ひとけば浅茅に結ぶ露の白玉
なき人の形見にたてし寺にいりて跡ありけりと見て帰りぬる
思ひおきし浅茅の露をわけいればただはつかなる鈴虫の声
野辺になりてしげき浅茅を分けいれば君が住みける石ずゑの跡