和歌と俳句

西行

さまざまのあはれをこめて梢ふく風に秋知るみ山辺の里

秋立つと人は告げねど知られけりみ山のすその風のけしきに

秋立つと思ふに空もただならでわれて光をわけん三日月

常よりも秋になるをの松風はわきて身にしむ心地こそすれ

急ぎ起きて庭の小草の露踏まんやさしき数に人や思ふと

暮れぬめり今日待ちつけて七夕はうれしきにもや露こぼるらん

天の川今日の七日はながき世のためしにも引き忌みもしつべし

船寄する天の川辺の夕暮は涼しき風や吹きわたるらん

待ちつけてうれしかるらん七夕の心のうちぞ空に知らるる

ささがにの蜘蛛手にかけて引く糸やけふ七夕にかささぎの橋

夕露を払へば袖に玉消えて道分けかぬる小野の萩原

末葉吹く風は野もせにわたるともあらくは分けじ萩の下

糸すすきぬはれて鹿の伏す野べにほころびやすき藤袴かな

折らでゆく袖にも露ぞしをれける萩の葉繁き野辺の細道

穗に出づるみ山が裾のむら薄まがきにこめてかこふ秋霧

亂れ咲く野邊の萩原分け暮れて露にも袖を染めてけるかな

咲きそはん所の野邊にあらばやは萩より外の花も見るべく

分けて入る庭しもやがて野邊なればのさかりをわが物にみる

今日ぞ知るその江にあらふ唐錦萩さく野邊にありけるものを

花すすき心あてにぞ分けて行くほの見し道のあとしなければ

籬あれて薄ならねどかるかやも繁き野邊とはなりけるものを

をみなへし分けつる袖と思はばやおなじ露にもぬると知れれば

女郎花色めく野邊にふれはらふ袂に露やこぼれかかると

けさみれば露のすがるに折れふして起きもあがらぬ女郎花かな

大方の野辺の露にはしをるれどわが涙なき女郎花かな