岩間とぢし氷も今朝はとけそめて苔の下水道もとむなり
われ泣きてしか秋なりと思ひけり春をもさてや鶯ぞ知る
いかでわれ常世の花のさかり見てことわり知らむかへる雁がね
帰る雁にちがふ雲路のつばくらめこまかにこれや書ける玉章
とめ行て主なき宿の梅ならば勅ならずとも折て帰らむ
梅をのみわが垣根には種おきて見に来む人に跡しのばれん
吉野山さくらが枝に雪ちりて花おそげなる年にもあるかな
さきやらぬ物ゆゑかねて物ぞ思ふ花に心の絶えぬならひに
花を待つ心こそなほ昔なれ春にはうとくなりにしものを
またれつる吉野のさくらさきにけり心と散らせ春の山風
咲きそむる花を一枝まづ折て昔の人の為と思はむ
あはれわが多くの春の花を見て染めおく心たれにゆづらん
春を経て花の盛りに逢ひ来つつ思ひ出多きわが身なりけり
散らぬ間は盛に人も通ひつつ花に春ある三吉野の山
吉野山花をのどかに見ましやは憂きがうれしきわが身なりけり
山路分け花をたづねて日は暮れぬ宿かし鳥の声も霞て
うぐひすの声を山路のしるべにて花見てつたふ岩のかけ道
散ば又なげきやそはむ山桜さかりになるはうれしけれども
白河の関路の桜さきにけり東より来る人のまれなる
谷風の花の波をし吹こせば井堰に立てる峰の村松
ちらで待てと都の花を思はまし春帰るべきわが身なりせば
いにしへの人の心のなさけをば古木の花の梢にぞ知る
春といへばたれも吉野の花と思ふ心に深きゆゑやあるらん
暁と思はまほしき音なれや花に暮れぬる入相の鐘