和歌と俳句

西行

今の我も昔の人も花見てん心の色はかはらじ物を

花いかに我をあはれと思ふらむ見て過にける春をかぞへて

吉野山風こす岫に花咲けば人の折さへをしまれぬかな

惜しむ人の心をさへに散らすかな花をさそへる春の山風

新古今集・雑歌
世の中を思へばなべて散る花のわが身をさてもいづちかもせむ

鶯の声にさくらぞ散まがふ花の言葉をきく心地して

古郷の庭の昔を思ひ出でてすみれ摘みにと来る人もがな

作りすてて荒しはてたる沢小田にさかりに咲けるうら若みかな

春暮れて人散りぬめり吉野山花の別れを思ふのみかは

世の憂さを思ひ知ればやすき音をあまりこめたる郭公かな

憂き身知りてわれとはまたじほととぎす橘にほふ隣頼みて

待かねて寝たらばいかに憂からまし山ほととぎす夜を残しつつ

ほととぎす花橘になりにけり梅にかをりしうぐひすの声

憂き世思ふわれかはあやな時鳥あはれこもれるしのび音の声

時鳥深き峰より出にけり外山の裾に声の落くる

ほととぎすいかなるゆゑの契りにてかかる声ある鳥となりけん

高砂の尾上をゆけど人逢はず山ほととぎす里馴れてけり

おしなべて物を思はぬ人にさへ心をつくる秋の初風

七夕の長き思ひも苦しきにこの瀬を限れあまのかは波

あはれいかに草葉の露のこぼるらん秋風立ちぬ宮城野の原

足引の山陰なればと思ふ間に梢に告ぐる日ぐらしの声

新古今集・雑歌
山かげに住まぬ心のいかなれや惜しまれて入る月もある世に

いかにぞや残り多かる心地して雲にはづるる秋の夜の月

新古今集・羇旅
月見ばと契りおきてしふるさとの人もやこよひ袖ぬらすらむ

憂き身こそいとひながらも哀なれ月を詠て年の経にける

詠つつ月に心ぞ老にけるいま幾程か世をもすさめむ

山里を訪へかし人にあはれ見せむ露敷く庭に澄める月影