今の我も昔の人も花見てん心の色はかはらじ物を
花いかに我をあはれと思ふらむ見て過にける春をかぞへて
吉野山風こす岫に花咲けば人の折さへをしまれぬかな
惜しむ人の心をさへに散らすかな花をさそへる春の山風
新古今集・雑歌
世の中を思へばなべて散る花のわが身をさてもいづちかもせむ
鶯の声にさくらぞ散まがふ花の言葉をきく心地して
古郷の庭の昔を思ひ出でてすみれ摘みにと来る人もがな
作りすてて荒しはてたる沢小田にさかりに咲けるうら若みかな
春暮れて人散りぬめり吉野山花の別れを思ふのみかは
世の憂さを思ひ知ればやすき音をあまりこめたる郭公かな
憂き身知りてわれとはまたじほととぎす橘にほふ隣頼みて
待かねて寝たらばいかに憂からまし山ほととぎす夜を残しつつ
ほととぎす花橘になりにけり梅にかをりしうぐひすの声
憂き世思ふわれかはあやな時鳥あはれこもれるしのび音の声
時鳥深き峰より出にけり外山の裾に声の落くる
ほととぎすいかなるゆゑの契りにてかかる声ある鳥となりけん
高砂の尾上をゆけど人逢はず山ほととぎす里馴れてけり
おしなべて物を思はぬ人にさへ心をつくる秋の初風
七夕の長き思ひも苦しきにこの瀬を限れあまのかは波
あはれいかに草葉の露のこぼるらん秋風立ちぬ宮城野の原
足引の山陰なればと思ふ間に梢に告ぐる日ぐらしの声
新古今集・雑歌
山かげに住まぬ心のいかなれや惜しまれて入る月もある世に
いかにぞや残り多かる心地して雲にはづるる秋の夜の月
新古今集・羇旅
月見ばと契りおきてしふるさとの人もやこよひ袖ぬらすらむ
憂き身こそいとひながらも哀なれ月を詠て年の経にける
詠つつ月に心ぞ老にけるいま幾程か世をもすさめむ
山里を訪へかし人にあはれ見せむ露敷く庭に澄める月影