和歌と俳句

西行

逢はざらんことをば知らで帚木の伏屋と聞きて尋ね来にけり

立てそめて帰る心は錦木の千束待つべき心地こそせね

おぼつかないかにと人のくれはとりあやむるまでに濡るる袖かな

なかなかに夢にうれしき逢ふことはうつつに物を思ふなりけり

逢ふと見ることを限れる夢路にて覚むる別れのなからましかば

夢とのみ思ひなさるるうつつこそ逢ひ見しことのかひなかりけれ

今朝よりぞ人の心はつらからで明けはなれゆく空を恨むる

逢ふことを忍ばざりせば道芝の露より先に起きて来ましや

さらぬだに帰りやられぬしののめに添へて語らふ郭公かな

重ねては濃からまほしき移り香を花たちばなに今朝たぐへつつ

やすらはん大方の夜は明けぬとも闇とかこへる霧にこもりて

ことつけて今朝の別はやすらはんしぐれをさへや袖に懸くべき

つらくとも逢はずは何の習ひにか身の程知らず人を恨みん

さらばただされでぞ人のやみなましさて後もさはさもあらじとや

洩らさじと袖に余るを包まましなさけを忍ぶ涙なりせば

続後撰集・恋
唐衣たち離れにしままならば重ねてものは思はざらまし

賎の女が裾取る糸に露添ひて思ひに違ふ恋もするかな

折らばやと何思はまし梅の花なつかしからぬ匂ひなりせば

ゆきずりに一枝折りし梅が香の深くも袖にしみにけるかな

つれもなき人に見せばやさくら花風に随ふ心よわさを

花を見る心はよそに隔たりて身に付きたるは君が面影