和歌と俳句

西行

月の色を花にかさねて女郎花うは裳のしたに露をかけたる

宵の間の露にしをれてをみなへし有明の月の影にたはるる

庭さゆる月なりけりなをみなへし霜に逢ひぬる花と見たれば

月のすむ淺茅にすだくきりぎりす露のおくにや秋を知るらん

露ながらこぼさで折らむ月影に小萩がえだの松虫のこゑ

わが夜とや更けゆく空を思ふらん声も休まぬきりぎりすかな

夕露の玉しく小田の稻むしろかへす穗末に月ぞ澄みける

たぐひなき心地こそすれ秋の夜の月すむ嶺のさを鹿の聲

木の間もる有明の月のさやけきに紅葉をそへて詠めつるかな

新古今集・雑歌
月を見て心うかれしいにしへの秋にもさらにめぐり逢ひぬる

新古今集・雑歌
夜もすがら月こそ袖にやどりけれむかしの秋をおもひ出づれば

立田山月すむ嶺のかひぞなきふもとに霧の晴れぬかぎりは

いとふ世も月澄む秋になりぬれば永らへずはと思ひなるかな

ふりさけし人の心ぞ知られける今宵三笠の山をながめて

波にやどる月を汀にゆりよせて鏡にかくるすみよしの岸

波の音を心にかけて明かすかな苫洩る月の影を友にて

新古今集・羇旅
都にて月をあはれと思ひしは数よりほかのすさびなりけり

沖かけて八重の潮路を行く舟はほのかにぞ聞く初雁の声

新古今集
横雲の風に別るるしののめの山飛び越ゆる初雁の声

からす羽にかく玉づさのここちして雁なき渡る夕やみの空

新古今集
白雲をつばさにかけて行くの門田の面の友したふなり

玉づさのつづきは見えで雁がねの聲こそ霧にけたれざりけれ

空色のこなたをうらに立つ霧のおもてに雁のかくる玉章

なく折にしなれば霧こめてあはれさびしき深草の里

立ちこむる霧の下にも埋もれて心はれせぬみ山べの里

夜をこめて竹の編み戸に立つ霧の晴ればややがて明けんとすらん

しだり咲く萩の古枝に風かけてすがひすがひに牡鹿鳴くなり