和歌と俳句

慈円

春のきぬを 涙ながらや ぬぎかへて 惜しみけりとも 人にしられむ

玉川や 卯の花さかり 越す波の をりこのもしき このわたりかな

ちぢにこそ かたらはずとも ほととぎす 信太の杜に ひとこゑもがな

今日といへば 軒にあやめや うづむらむ あらはれわたる 波のいはかき

しのぶ草 はらはぬ軒の あやめこそ けふのしるしも しどろなりけれ

ともしする ほぐしのかげに くれはとり あやしきしかの おもはざるらむ

五月雨に 富士の鳴澤 波こえて 音や煙に たちまさるらむ

五月雨の 雲まく軒の ほととぎす 雨にかはりて こゑのもりくる

まどさそふ 花たちばなの 夕風に 山ほととぎす こゑかをるなり

夏の夜の 月に涼まぬ 人ぞなき 寝ぬにあくとも これよりぞしる

蚊遣火を たててぞ人に 知られぬる もりのあなたの 里のひとむら

わがやどの 庭のしげみの 螢こそ 秋のくさ葉に なるここちすれ

ひむろ田の 稲葉のすゑの 夕風に 夏と秋とを ふきみだりぬる

水むすぶ 袂にかよふ 松風を ながめくらせば 秋のひとこゑ

ふけにけり かはべ涼しく ながむれば 禊の波に 秋風ぞたつ

うゑてけり 籬の荻の 夕まぐれ まつしもしるき 秋のはつ風

さを鹿の 夏野の草を わけすてて み山の秋に うつるはつこゑ

たなばたの 心やこよひ はれぬらむ 雲こそなけれ 星合の空

夕まぐれ きくもいろある ここちして 鹿のこゑにも はきかはなすり

新古今集
秋を経て あはれも露も ふかくさの 里とふものは なりけり