和歌と俳句

飯田蛇笏

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秋蝉やなきやむ幹を横あゆみ

秋草やふみしだきたる通ひみち

野菊折るやうちみる早瀬夕焼けて

むらさめにおちず古葉やをみなへし

芭蕉葉や池にひたせる狩ごろも

古椀うかむ池ふく風や萩のつゆ

極月や雪山星をいただきて

いもの葉にひと霜きしや湖の月

冬風に下駄も結べる鵜籠かな

月いでて雪山遠きすがたかな

雪晴や庵にこたへて富士おろし

渡しまつ脛くぐり鳴る焚火かな

月の樹にありあふ析や寒稽古

三月の筆のつかさや白袷

春泥や屏風かついで高足駄

堂しづくいちいち見えて花御堂

かしこみて尼僧あはれや花御堂

白魚くむたびに廻れる舳影かな

一鷹を生む山風や伸ぶ

生き疲れてただ寝る犬や夏の月

夏雨や淵にまた下る合歓の蜘蛛

薙ぎ草のおちてつらぬく泉かな

やまぎりに濡れて踊るや音頭取

流燈や一つにはかにさかのぼる

舟をりをり雨月に舳ふりかへて

しばらくは月をとぼその夜霧かな

きりさめやいかにおつべき蔦のつゆ

秋水やすてしづみたる古扇

鳴子縄はただ薄闇に風雨かな

文殊會の僧月にひく鳴子かな

雪山をみせて月出ぬ古かかし

秋燈にねむり覚むるや句三昧

瀧風に吹かれあがりぬ石たたき

汲まんとする泉をうちて夕蜻蛉

笠紐を垂る大露やいなごとり

龍膽をみる眼かへすや露の中

零餘子もぐ笠紐ながき風情かな

山妻や髪たぼながに神無月

冬日縁はなし一とときはずみけり

寒燈をつり古る妻の起居かな

子を持てばなめづる情に冬ごもり

甕水を汲むやまつわる榾げむり

家も夫もわすれただ煮る根深かな

音ひしと盤面をうつ蠅叩

明月に馬盥をどり据わるかな

稲扱く母にゑまひなげゆく一生徒

秋耕にたゆまぬ妹が目鼻だち

ふなべりや上げ汐よする水燈會

玉蟲の死にからびたる冬畳

雪つけて妻髪枯れぬ耳ほとり

汝が涙炭火に燃えて月夜かな

寒禽を捕るや冬樹の雲仄か

寒林の陽を見上げては眼をつぶる

月のゆめを見しおもひ出や落葉焚く

太箸やいただいておく静心

雪の松ほのぼのとして着初かな

街路樹に仰ぐ日ふるふ余寒かな

馬の耳うごくばかりや花曇り

春山や鳶のたかさを見て憩ふ

薄月も夜に仰がれて挿木かな

蜆川うす曇りして水の濃き

木々の芽にかけ橋きよき風雨かな

ぱらぱらと日雨音する山椿

長橋におとろふる日や花堤

澄む水にみよしうごきて花吹雪

塗り畦にたんぽぽちかくありしかな

夜明りに渦とけむすぶ鵜川かな

めづらしやしづくなほある串の

月雪や萎みかさねて垣の薔薇

燈籠やながれてはやき蒲の川

逆汐にたかだかと泛く燈籠かな

ひとり寝の身のぬくもりや秋の夜

ひややかにのべたる皺や旅衣

秋分の時どり雨や荏のしづく

月の木戸しめ忘れたる夜風かな

あき雨に澄む舟つきの砂崩れ

秋虹や草山映えて一とところ

秋の雲しろじろとして夜に入りし

山霧のしげきしづくや眞柴垣

つくり終へて門川越ゆるかかしかな

かかし傘の月夜のかげや稲の上

樽あけて泡吹かれよる新酒かな

いとなみて月夜ばかりの子規忌かな

子規の墓に詣でごころや手をふれて

せきれいに夕あかりして山泉

松たかくながれ返りて夕とんぼ