和歌と俳句

飯田蛇笏

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ゆづり葉に粥三椀や山の春

春あさし饗宴の灯に果樹の露

髪梳けば琴書のちりや浅き春

立春や厚朴にそそぎて大雨やむ

舟を得て故山に釣るや木の芽時

尼の数珠を犬もくはへし彼岸かな

山寺の扉に雲あそぶ彼岸かな

ゆく春や人魚の眇われをみる

連翹に山風吹けり薪積む

やまびとの大炉ひかへぬ花の月

うきくさにながあめあがる落花かな

空ふかくむしばむ陽かな竹の秋

やまがつのうたへば鳴るや皐月

うき草に硯洗へり鵜匠の子

神甕酒満てり蝉しぐれする川社

罌粟の色にうたれし四方のけしきかな

曲江にみるや機上の婦

花桐や敷布くはへて閨の狆

詩にすがるわが念力や月の秋

甲斐の夜の富士はるかさよ秋の月

秋山の橋小ささよ湖舟より

稲扱くや無花果ふとき幹のかげ

魚喰うて帰燕にうたふ我が子かな

秋の大河にあらへたびごろも

苔はえて極寒におはす弥陀如来

揚舟や枯藻にまろぶ玉あられ

冷ゆる兒に綿をあぶるや桐火桶

舳に遠く鴛鴦とべりいしがはら

臼音も大嶺こたふ弥生かな

恋ざめの詩文つづりて弥生人

ゆく春や僧に鳥啼く雲の中

人あゆむ大地の冷えやはなぐもり

還俗の咎なき度や花曇り

軍船は海にしづみて花ぐもり

雪解や渡舟に馬のおとなしき

夕ばえてかさなりあへり春の山

梅若忌日も暮れがちの鼓かな

いにしへも火による神や山桜

廬の盛夏窓縦横にふとき枝

みな月の日に透く竹の古葉かな

富士仰ぐわが首折れよ船涼し

三伏の月の穢に鳴く荒鵜かな

袷人さびしき耳のうしろかな

ながれ藻にみよし影澄む鵜舟かな

白扇に山水くらしほととぎす

とぶや烈風なぎし峠草

の声や夜深くのぞく掛け鏡

浮き草に闊きすてたる箒かな

流水にたれて蟻ゐるかな

わか竹や句はげむ月に立てかがみ

高枝に花めぐりあへり午下の合歓

向日葵に鉱山びとの着る派手浴衣

ながき夜の枕かかへて俳諧師

ゆく秋や石榻による身の力

酒座遠く灘の巨濤も秋日かな

筆硯に多少のちりも良夜かな