飯田蛇笏
春蘭
旧山河こだまをかへし初鼓
雪山のふもとの伏家初かまど
繭玉を炉辺にもすこし十四日
新年のゆめなき夜をかさねけり
雪山のむらたつ故国日のはじめ
ゆづり葉に暁雪うすき山家かな
わがこゑののこれる耳や福は内
ちかぢかと雪の名山年古りぬ
正月のふしづけ澄みてゐたりけり
ひと燃やし初山けむりいちはやく
ゆく年の雪に手燭の油煙たつ
ひそかにも服喪のこころ年暮れぬ
春めきて仄月宮は高浪に
風だちし弓張月を春の爐に
寒明けし月ややひずむ旧山河
病牛がサフランねぶる春の影
起居なれし疎開夫人に春の月
啓蟄の夜気を感ずる小提灯
麦あをむ棚田の地靄ありにけり
青麦の顫ふ風かげ午に入る