和歌と俳句

飯田蛇笏

1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16

年立つや旅笠かけて山の庵

はなやぎて煙れる注連や竃神

縁濃き子の日の小松打ちながむ

おとどひに廬の古道や若菜つむ

やまびとや採りもつ歯朶も一とたばね

椿寺雲ふかぶかと魚板鳴る

いちじるく岨根の椿咲きそめぬ

陋巷の侏儒に咲ける椿かな

紺青の夜涼の空や百貨店

遠泳やむかひ浪うつ二三段

負馬の眼まじまじと人を視る

紫蘇の葉や裏ふく風の朝夕べ

宵盆や幽みてふかき月の水

山川にながれてはやき盆供かな

この秋は何葉にそへん盆供かな

旅人や秋におくるる雲と水

秋口のすはやとおもふ通り雨

佛壇や夜寒の香のおとろふる

飄として尊き秋日一つかな

旅人に秋日のつよし東大寺

たちいでて身にしみじみと秋日かな

湖霧も山霧も罩むはたごかな

霧さぶく屋上園の花に狆

小筧や敦盛塚の秋の水

しほしほとかざられにけり菊雛

鹿垣や青々濡るる蔦かづら

やがてまた下雲通る案山子かな

風雨やむ寺山うらの添水

月遠き近江の宿の夜食かな

月虧けて山風つよし落し水

うばたまの夜学の窓をあけしまま

老鹿の眼のただふくむ涙かな

嶽々と角ふる鹿の影法師

秋蠅や人丸庵の飯にとぶ

いくもどりつばさそよがすあきつかな

菊さけば南蛮笑ふけしきかな

秋茄子の葉と花を干す莚かな

霧罩めて日のさしそめし葛かな

葉鶏頭遅速もなくて日和かな

粟枯れて隣る耕土の日影かな

ほけし絮のまた離るるよ山すすき

をりとりてはらりとおもきすすきかな

刈籠に穂はちりぢりのすすきかな

逝く年や冥土の花のうつる水

山路見ゆ瀧川ごしの冬日和

深山木のこずゑの禽や冬の霧

ゆく雲やふりやむ寺林

冬服や襟しろじろと恙めく

落月をふむ尉いでし神楽かな

飄々と雲水参ず一茶の忌

杣山や鶲に煙のながれたる

浪際や茶の花咲ける志賀の里

土器にともし火燃ゆる神楽かな