和歌と俳句

飯田蛇笏

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杣の死に斧を祀るやほととぎす

友の死につどへる樵や閑古鳥

灯してさざめくごとき金魚かな

夜深く饗宴の酒をすふかな

ぬすびとに夜々の雨月や瓜畠

大空に富士澄む罌粟の眞夏かな

山百合にねむれる馬や靄の中

泥舟の水棹たてたる花藻かな

日蔽垂るる水にあかるき花藻かな

舟におちて松毬かろし餘花の岸

青梅のおちゐて遊ぶ精舎の地

飼猿を熱愛す枇杷のあるじかな

紫陽花に八月の山たかからず

妻織れどくるはしき眼や花柘榴

山風のふき煽つ合歓の鴉かな

恋ひ老いて貧苦に梳けり棕櫚の花

大木を見つつ閉す戸や秋の暮

厚朴の葉や秋天たかくむしばめる

秋雲をむかへて樹てり杉大樹

秋風や水夫にかがやく港の灯

秋風やこだま返して深山川

われ佇ちて古墳の松や秋の風

あきさめの巌うるほすや樹々の中

コスモスの四窗の秋や置扇

かきたてて明き御燈や山の秋

たましひのしづかにうつる菊見かな

家富んで朝暮の粥や鳳仙花

落日に蹴あへる鶏や鳳仙花

舟解くや葬人野辺にの秋

野拓いてすみ古る月や芋のぬし

書樓出て樵歌またきく竹の春

はしばみにふためきとぶや山鴉

山国の虚空日わたる冬至かな

冬空や大樹くれんとする静寂

赤貧にたへて髪梳く霜夜かな

霜とけの囁きをきく猟夫かな

雪国の日はあはあはし湖舟ゆく

藁つむや冬大峯は雲のなか

大艦をうつ鴎あり冬の海

爐をきつて出るや椿に雲もなし

雪晴れてわが冬帽の蒼さかな

爐によつて連山あかし橇の酔

湯をいでてわれに血めぐる圍爐裡かな

死病得て爪うつくしき火桶かな

ひとり詠むわが詩血かよふ炭火かな

埋火に妻や花月の情鈍し

火を埋めて更けゆく夜のつばさかな

かりくらの月に腹うつ狸かな

枯菊や雨きて鶏の冠動く

月にねむる峯風つよしをとる

落葉ふんで人道念を全うす