和歌と俳句

行く春

ゆく春や流人に遠き雲の雁 蛇笏

ゆく春の人に巨帆や瀬多の橋 蛇笏

行春や朱にそむ青の机掛 蛇笏

行く春や披露待たるる歌の選 漱石

行春や書は道風の綾地切 漱石

行く春や経納めにと厳島 漱石

行く春や知らざるひまに頬の髭 漱石

ゆく春や人魚の眇われをみる 蛇笏

行春や碁石ちらばる客のあと 石鼎

ゆく春や僧に鳥啼く雲の中 蛇笏

ゆく春や寺の畳のふみごころ 万太郎

行春や屋根のうしろのはねつるべ 万太郎

行く春の近江をわたる烏かな 石鼎

ゆく春やけふも花屋の早仕舞 万太郎

行春や草に光れる甕破片 橙黄子

行春や輿の小窓の花鳥彩 橙黄子

ゆく春やありのすさびのものおもひ 万太郎

行春や黄ばみ落ちたる八ツ手の葉 橙黄子

道ばたの穂麦も赤み行春や 龍之介

黒ぐろと八つ手も実のり行春や 龍之介

春やゆく夜は夜わびしき路の草 亞浪

行春や古毛の中の棕櫚の苞 石鼎

行春や近江いざよふ湖の雲 青畝

行く春や布施の丸山見て過ぐる 普羅

徂春や鳥が巣かける駐在所 普羅

行春の道に佇めば海女の笛 禅寺洞

行春や水草のみなる池の面 秋櫻子

行春や茶屋になりたる女人堂 茅舎

ゆく春や松柏かすむ山おもて 蛇笏

行春や鏡の前の畳擦れ 爽雨

行春や灯は常明の観世音 茅舎