夕ごとに遠べに見ゆる雲の峰このごろ低し秋づきぬらし
赤松の林のなかに微塵だに動くものなし日は透りつつ
遠近の烟に空や濁るらし五日を経つつなほ燃ゆるもの
一ぽんの蝋燭の灯に顔よせて語るは寂し生きのこりつる
焼け跡に霜ふるころとなりにけり心に沁みて澄む空のいろ
ただ一つ焼けのこりたるものもちて佛刻むと聞くが悲しさ
野の家の屋根の上に干す唐辛子紅古りて冬に入るらし
雨あがる空のいろ寒しわが汽車のあふりの風に靡く高粱
わが村の貧しき人のはてにける枯野の面を思ひ見るわれは
みたまやの青丹瓦にふりおける霜とけがたし森深くして
いや北に来りて寂し楡の木の冬木の枝のひろがる青空
山さへも見えずなりつる海なかに心こほしく雁の行く見ゆ
松原のあひまあひまの芒の穂やうやく著るく見ゆるころかも
遠嶺には雪こそ見ゆれ澄みに澄む信濃の空はかぎりなきかな
みづうみの氷は解けてなほ寒し三日月の影波にうつろふ
山かげに畑を打ちゐる少女子よ日ねもす物を言ふこともなく
松の芽の穂さきの莟紫に萌えいづる春や老けにけるらし
よべの雨に小径の石の現れてすがしくもあるか散る松の花
白雲の下りゐ沈める谿あひの向うに寂しかつこうの声
山うらの一つところより聞えくる筒鳥のこゑは呼ばふに似たり
山のべの若葉を浅み三日月の木のまがくりに光寒けさ
生れいでて命短しみづうみの水にうつろふ蛍の光
ぬば玉の夜の空はれてやや寒し水草の蛍とびものぼらず
高山の谷あひ深くいづる湯に静もりてをりあはれ妻子ら