冬の日は低くしあれや日もすがら黒谷山の木がくりにして
吉田山朝こえゆきて古のふみ書きうつす夕日の入るまで
山に来ていく日を我は過しけむ八つ手の花芽たちそめけり
霜晴れの光に照らふ紅葉さへ心尊しあはれ古寺
扉ひらけばすなはち光洩るなり眼のまへの御佛の像
遠どほに思ひ来りて御佛の長裳のすそに額擦る我は
明日香路をか行きかく行き心親し古人をあひ見る如し
天なるや月日も古りぬ飛ぶ鳥の明日香の岡に立ちて思ふも
わが庭に松葉牡丹の赤茎のうつろふころは時雨降るなり
湖つ風あたる障子のすきま貼り籠りてあらむ冬は来にけり
旅にして逝かせたる子を忘れめや年は六とせになりにけるかな
冬の日の光明るむ籠のなかに寂しきものか小鳥のまなこ
冬の日のひと時明かき窓のうちに残る蠅さへなくなりにけり
冬ひと日巣藁にこもるモルモツト藁を動かし遊ぶ音すも
胡桃の木芽ぐまむとすもろ枝の張りいちじるくなりにけるかな
春雨の雲のあひだより現るる山の頂は雪真白なり
土の上に白き線引きて日ぐれまで子どもの遊ぶ春となりけり
萌えいづる草の芽見ればこの春の土の香ひの心地こそすれ
若葉して降る雨多し窓さきに濡れて竝べる大槻の幹
湯のうへの岡にのぼれば間近なり雪の残れる蓼科の山
谷川の音のきこゆる山のうへに蕨を折りて子らと我が居り
山の上の躑躅の原は莟なり山ほととぎす鳴くときにして
山下の古井を汲みてそそぎをり萎れむとする夕顔の根に
夏の夜の朝あけごとに伸びてある夕顔の果を清しむ我は
遠空にむらだつ雲の待てれどの雨ふりがたし夕焼けにつつ