和歌と俳句

夏目漱石

蓮の葉に蜘蛛下りけり香を焚く

本来はちるべき芥子にまがきせり

若葉して又新なる心かな

髪に真珠肌あらはなる涼しさよ

のうぜんの花を数へて幾日影

看経の下は蓮池の戦かな

白蓮に仏眠れり磐落ちて

ほのぼのと舟押し出すや蓮の中

蓑の下に雨の蓮を蔵しけり

田の中に一坪咲いて窓の

明くる夜や蓮を放れて二三尺

蓮の葉に麩はとどまりぬ鯉の色

石橋の穴や蓮ある向側

一八の家根をまはれば清水かな

したたりは歯朶に飛び散る清水かな

宝丹のふたのみ光る清水かな

心太の叩かれてゐる清水かな

庭の石動いて見ゆる清水

樟の香や村のはづれの苔清水

澄みかかる清水や小き足の跡

法印の法螺に蟹入る清水かな

追付て吾まづ掬ぶ清水かな

汗を吹く風は歯朶より清水かな

磐清水十戸の村の筧かな

杉垣に昼をこぼれて百日紅

の図にのりすぎて落にけり

短夜を交す言葉もなかりけり

文を売りて薬にかふる蚊遣かな

安産と涼しき風の音信哉

二人寐の蚊帳も程なく狭からん

青梅や空しき籠に雨の糸

涼しさや蚊帳の中より和歌の浦

四国路の方へなだれぬ雲の峰

蝙蝠の宵々毎や薄き粥

石段の一筋長き茂りかな

壁に背を涼しからん裸哉

水盤に雲呼ぶ石の影すずし

蚊帳越しに見る山青し杉木立

萱草の一輪咲きぬ草の中

白牡丹李白が顔に崩れけり

蝸牛や五月をわたるふきの茎

遠雷や香の煙のゆらぐ程

夏草の下を流るる清水かな

蚊ばしらや断食堂の夕暮に

蓮毎に来るべし新たなる夏

そり橋の下より見ゆる