和歌と俳句

夏目漱石

菊池路や麦を刈るなる旧四月

麦を刈るあとを便りに燕かな

さみだれの弓張らんとすればくるひたる

大手より源氏寄せたり青嵐

水涸れて城将降る雲の峰

槽底に魚あり沈む心太

水打て床几を両つ并べけり

土用にして灸を据うべき頭痛あり

楽にふけて短き夜なり公使館

音もせで水流れけり木下闇

徘徊すあるをもて朝な夕な

寂として椽に鋏と牡丹

白蓮にいやしからざる朱欄哉

思ひ切つて五分に刈りたるかな

となりから月曇らする蚊やり

松風の絶へ間を のしぐれかな

若葉して籠り勝なる書斎かな

暁や白蓮を剪る数奇心

端居して秋近き夜や空を見る

顔にふるる芭蕉涼しや籘の寝椅子

涼しさや石握り見る掌

重箱に笹を敷きけり握り鮓

見るからに涼しき宿や谷の底

ひとり咲いて朝日に匂ふ

京に行かば寺に宿かれ時鳥

雲の峰風なき海を渡りけり

赤き日の海に落込む かな

日は落ちて海の底より かな

病んで一日枕にきかん時鳥

落ちし雷を盥に伏せて鮓の石

引窓をからりとそらの明け易き

ぬきんでて雑木の中や棕櫚の花

無人島の天子とならば涼しかろ

短夜や夜討をかくるひまもなく

更衣同心衆の十手かな

蝙蝠に近し小鍛冶が鎚の音

市の灯に美なるを見付たり

玻璃盤に露のしたたるかな

能もなき教師とならんあら涼し

蚊帳青く涼しき顔にふきつける

薔薇ちるや天似孫の詩見厭たり

雲の峰雷を封じて聳えけり

座と襟を正して見たり更衣

衣更て見たが家から出て見たが

野に下れば白髯を吹く風涼し

夏の月眉を照して道遠し