和歌と俳句

齋藤茂吉

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とろとろと あかき落葉火 もえしかば 女の男の童 あたりけるかも

雨ひと夜 さむき朝けを 目の下の 死なねばならぬ 鳥見て立てり

ひとよ寝し 街の悲しき ひそみ土 ここに白霜は 降りてゐるかも

猫の舌の うすらに紅き 手ざはりの この悲しさを 知りそめにけり

ほのかなる 茗荷の花を 目守る時 わが思ふ子は はるかなるかも

をさな兒の 遊びにも似し 我がけふも 夕かたまけて ひもじかりけり

屈まり 脳の切片を 染めながら 通草のはなを おもふなりけり

みちのくの 我家の里に 黒き蠶が 二たびねぶり 目ざめけらしも

みちのくに 病む母上に いささかの 胡瓜を送る 障りあらすな

おきなぐさに 脣ふれて 帰りしが あはれあはれ 今思ひ出でつも

秋に入る 練兵場の みづたまりに 小蜻蛉が卵を 生みて居りけり

曼珠沙華 ここにも咲きて きぞの夜の ひと夜の相 おもほゆるかも

現身の われをめぐりて つるみたる 赤き蜻蛉が 幾つも飛べり

けふもまた 向ひの岡に 人あまた 群れゐて人を 葬りたるかな

何ぞもと のぞき見しかば 弟妹らは 亀に酒を 飲ませてゐたり

伽羅ぼくに 伽羅の香こもり くろき猫 ほそりてあゆむ 夏のいぶきに

萱草を かなしと見つる 目にいまは 雨にぬれて行く 兵隊が見ゆ