和歌と俳句

齋藤茂吉

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柿乃村人へ

友のかほ 青ざめてわれに もの云はず 今は如何なる 世の相かや

おのが身は いとほしければ 赤棟蛇も 潜みたるなり 土の中ふかく

世の色相の かたはらにゐて 狂者もり 悲しき涙 湧きいでにけり

やはらかに 弱きいのちも くろぐろと 甲はんとして うつつともなし

寒ぞらに 星ゐたりけり うらがなし わが狂院を ここに立ち見つ

かの岡に 瘋癩院の たちたるは 邪宗来より 悲しかるらむ

みやこにも 冬さりにけり 茜さす 日向のなかに 髭剃りて居る

遠国へ 行かば剃刀の ひかりさへ 馴れて親しと いへば歎かゆ

ひとりの道

霜ふれば ほろほろと胡麻の 黒き實の 地につくなし 今わかれなむ

夕凝りし 露霜ふみて 火を戀ひむ 一人のゆゑに こころ安けし

ながらふる さ霧のなかに 秋花を 我摘まんとす 人に知らゆな

白雲は 湧きたつらむか 我ひとり 行かむと思ふ 山のはざまに

神無月 空の際涯より きたるとき 眼ひらく花は あはれなるかも

ひとりなれば 心安けし 谿ゆきて 黒き木の實も 食ふべかりけり

ひかりつつ 天を流るる 星あれど 悲しきかもよ われに向はず

おのづから うら枯るる野に 鳥落ちて 啼かざりしかも 入日赤きに

いのち死にて かくろひ果つる けだものを 悲しみにつつ 峡に入りつも

みなし兒の 心のごとし 立ちのぼる 白雲の中に 行かむとおもふ

もみぢ斑に 照りとほりたる 日の光り はざまにわれを 動かざらしむ

わが歩み ここに極まり 雲くだる もみぢ斑のなかに 水のみにけり

はるけくも 山がひに来て 白樺に 触りて居たり 冷たきその幹

ひさかたの 天のつゆじも しとしとと 獨り歩まむ 道ほそりたり