和歌と俳句

齋藤茂吉

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狂人守

うけもちの 狂人も幾たりか 死にゆきて 折をりあはれを 感ずるかな

くれなゐの 百日紅は 咲きぬれど 此きやうじんは もの云はずけり

としわかき 狂人守りの かなしみは 通草の花の 散らふかなしみ

気のふれし 志那のをみなに 寄り添ひて 花は紅しと 云ひにけるかな

このゆふべ 脳病院の 二階より 墓地見れば 花も見えにけるかな

海邊にて

眞夏の日 てりかがよへり 渚には くれなゐの玉 ぬれてゐるかな

海の香は 山ふかき國に 生れたる 我のこころに 染まんとすらん

七夜寝て 珠ゐる海の 香をかげば 哀れなるかも この香いとほし

白なみの 寄ゆるなぎさに 林檎食む 異國をみなは やや老いにけり

あぶらなす 眞夏のうみに 落つる日の 八尺の紅の ゆらゆらに見ゆ

くれなゐの 三角の帆が ゆふ海に 遠ざかりゆく ゆらぎ見えずも

郊外の半日

秋のかぜ 吹きてゐたれば 遠かたの 薄のなかに 曼珠沙華赤し

ふた本の 松立てりけり 下かげに 曼珠沙華赤し 秋かぜが吹き

いちめんの 唐辛子畑に 秋のかぜ 天より吹きて 鴉おりたつ

いちめんの 唐辛子あかき 畑みち 立てる童の まなこ小さし

トロツコを 押す一人の 囚人は くちびる赤し 我をば見たり

秋づきて 小さく結りし 茄子の果を 籠の盛る家の 日向に蠅居り

女のわらは 入日のなかに 両手もて 籠に盛る茄子の か黒きひかり

天傳ふ 日は傾きて かくろへば 栗煮る家に われいそぐなり

いとまなき われ郊外に ゆふぐれて 栗飯食せば 悲しこよなし

コスモスの 闇にゆらげば わが少女 天の戸に残る 光を見つつ