和歌と俳句

齋藤茂吉

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犬の長鳴

よる更けて ふと握飯 くひたくなり 握飯くひぬ 寒がりにつつ

われひとり ねむらむとして ゐたるとき 外はこがらしの 行くおときこゆ

遠く遠く 流るるならむ 灯をゆりて 冬の疾風は 外面に吹けり

長鳴くは かの犬族の なが鳴くは 遠街にして 火かもおこれる

さ夜ふけと 夜の更けにける 暗黒に びようびようと犬は 鳴くにあらずや

さみだれ

さみだれは 何に降りくる 梅の實は 熟みて落つらむ このさみだれに

にはとりの 卵の黄味の 亂れゆく さみだれごろの あぢきなきかな

胡頽子の 果のあかき色 ほに出づるゆゑ 秀に出づるゆゑに 歎かひにけり

ぬば玉の さ夜の小床に ねむりたる この現身は いとほしきかな

しづかなる 女おもひて ねむりたる この現身は いとほしきかな

鳥の子の すもりに果てむ この心 もののあはれと 云はまくは憂し

あが友の 古泉千樫は 貧しけれ さみだれの中を あゆみゐたりき

けふもまた 雨かとひとりごちながら 三州味噌を あぶりて食むも