和歌と俳句

齋藤茂吉

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葬り火

あらはなる 棺はひとつ かつがれて 隠田ばしを 今わたりたり

陸橋に さしかかるとき 兵くれば 棺はしまし 地に置かれぬ

まなこより われの涙は 漲るとも 人に知らゆな 悲しきゆゑに

死なねばならぬ 命まもりて 看護婦は しろき火かかぐ 狂院のよるに

赤光の なかに浮びて 棺ひとつ行き 遙けかり 野は涯ならん

火葬場に 細みづ白く にごり来も 向うにひとが 米を磨ぎたれば

死はも死はも 悲しきもの ならざらむ 目のもとに木の實 落つはたやすきかも

葬り火は 赤々と立ち 燃ゆらんか 我がかたはらに 男居りけり

うそ寒き ゆふべなるかも 葬り火を 守るをとこが 欠伸をしたり

上野なる動物園に かささぎは 肉食ひゐたり くれなゐの肉を

おのが身し いとほしきかな ゆふぐれて 眼鏡のほこり 拭ふなりけり

冬来

けだものは 食もの戀ひて 啼き居たり 何といふやさしさぞこれは

ペリカンの 嘴うすら赤くして ねむりけり かたはらの水光かも

ひたいそぎ 動物園に われは来たり 人のいのちを おそれて来たり

わが目より 涙ながれて 居たりけり 鶴のあたまは 悲しきものを

けだものの にほひをかげば 悲しくも いのちは明く 息づきにけり

さけび啼く けだものの邊に 潜みゐて 赤き葬りの 火こそ思へれ

はしきやし 暁星學校の 少年の 頬は赤羅ひきて 冬さりにけり

泥いろの 山椒魚は 生んとし 見つつしをれば しづかなるかも

除隊兵 寫眞をもちて 電車に乗り ひんがしの空 明けて寒しも

はるかなる 南のみづに 生れたる 鳥ここにゐて なに欲しみ啼く