和歌と俳句

長塚 節

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ほろほろと落葉こぼるゝゆずり葉の赤き木ぬれに春雨ぞふる

春の夜の枕のともし消しもあへずうつらうつらにいねてきく雨

春雨の露おきむすぶ梅の木に日のさすほどの面白き朝

天竺の國にありといふ菩提樹ををつゝに見れば佛念ほゆ

善き人のその掌にうけのまば甘くぞあらむ菩提樹の露

菩提樹の小枝が諸葉のさやさやに鳴るをし聞かば罪も消ぬべし

こゝにして見るが珍しき菩提樹の木根立ち古りぬ幾代へぬらむ

うつそみの人のためにと菩提樹をこゝに植ゑけむ人のたふとき

むかし我がしばしば過ぎし大形の小松が下はつくしもえけり

蘖のたぐひて行かむ人なしにひとり越ゆれば惱ましき坂

春雨に梅が散りしく朝庭に別れむものかこの夜過ぎなば

柞葉の母が目かれてあすさらばゆかむ少女をまもれ佐保神

夜をこめてあけの衣は裁ちぬひし少女が去なば淋しけむかも

たらの木のもゆらくしるく我が藪の辛夷の花は散りすぎにけり

雉子なく春野のしどみ刺しどみおほにな觸りそその刺しどみ

那須の野の萱原過ぎてたどりゆく山の檜の木に蝉のなくかも

あまの川棚引きわたる眞下には糸瓜の尻にしたゞるも

芋の葉ゆこぼれて落つる白露のころゝころゝにこほろぎのなく

病をし忘れて君が思はむとこの忘草にほふべらなり

かすみが浦岸の秋田に田刈る子や沖榜ぐ蜑が妹にしあるらし

さゝら荻あしの穗わたる秋風に蜑が家居に網干せり見ゆ

おくて田の稻刈るころゆ夕されば筑波の山のむらさきに見ゆ

夕さればむらさき匂ふ筑波嶺のしづくの田居に雁鳴き渡る

蜀黍の穗ぬれに見ゆる筑波嶺ゆ棚引き渡る秋の白雲

稻の穗のしづくの田居の夜空には筑波嶺越えて天の川ながる