和歌と俳句

橋本多佳子

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みどりの島へ舷梯懸るわたりけり

あぢさゐのくれなゐ潮路来りけり

思ひ切り西日の舵輪まきかへす

夏雲航く地上のことを語りつづけ

巣燕を見しこと遠し天翔けつゝ

灼くる翼その上に重き無限の碧

夏の雲天航く玻璃に露凝らす

夏の雲翼とゞまるゆるされず

夏天航く四ツ葉プロペラ健かなり

灼くる翼ゆれつゝ平らたもちつゝ

双翼が地上の梅雨の暗さに入る

天降りて青野に車輪ぐゝと触る

青櫨が蔽ひ久女の窓昏む

鑰はづし入る万緑の一つの扉

万緑やわが額にある鉄格子

一切忘却眼前に菜殻火燃ゆ

菜殻火の火蛾をいたみ久女いたむ

つぎつぎに菜殻火燃ゆる久女のため

菜殻火や入日の中に焔もゆ

万緑下浄き歯並を見せて閉づ

佛花としてアマリリスの花八方向く

僧苑や咲く罌粟散る罌粟罌粟に充ち

一族の墓乾く泉遠く遠く

甃坂にすくむ頭勝ちの捨仔猫

龍舌蘭どこにでも腰おろして旅

万緑や霧笛どの窓からも入る

鎧扉ひらく青きあぢさゐ青き枇杷

アマリリス跣足の童女のはだしの音

糊かたき彌撒ベールに農の日焼

西日の玻璃神父に赤光孤児に紫光

汗の雀斑少年聖歌隊解かれ

すでに日焼少年聖歌隊匂へり

日焼子の涎が念珠の一つ一つに

ただ黒き十字架朝焼雀らよ

同じ黒髪梅雨じめる神父と子等

梅雨の床子等へ聖書を口うつしに

石塊として梅雨ぬるる天使と獣

梅雨の廃壇石塊の黙天使の黙

梅雨に広肩石のヨハネの顔欠けて

寄りゆけば寄り来夏野の牛と吾

牛達の夜床野の草まだ短く

肉桂の香がする夏野の仔牛ねむし

放馬と寝たし夏野はるかに発破音

噴く火見えず青き低山牛遊びて

熔岩を積む道標熔岩の野の夕焼

熔岩に汗しおのれの歩みあゆみつゞくる

夕焼くる嶺が聚る火の山へ

夕焼鴉熔岩野の寂に降りられず

母燕細し炎天へ翔けいづるとき

汗の荷を胸に背に分け歩き出す

手をおけば胸あたたかし露微塵

をどりの衆眉目わかたず影揃ふ

男をんな夜の砂擦つてをどりの足

夜の崖に水打つ胸をぬらす如

麻衾暁ごうごうの雨被る

老いも緑袋のものを出して喰べ

道よぎる蜥蜴や和するに難き行

毛虫焼く焔このとき孤独でなし

考ふる瞼の裡も緑さし

赤毛大瞳誰に似しかもよ麦負ふ子

麦刈の薬罐が日のぬくさまでさめ

麦を負ふ母金色の夕の餓ゑ