和歌と俳句

橋本多佳子

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鵜の餓ゑどき西日徹して荒鵜籠

家に西日鵜匠もろとも田楽刺

鵜川暮れず何に生れつぐ白水泡

老い鵜「彦丸」内輪歩きに暮れざる川

篝火に眼窪頬窪鵜の匠

のどふくらむ鵜にて引かるる縄つよし

疲れ甘ゆ鵜の鳥鵜じまひはかどらず

かをかをと疲れ鵜鵜綱ひきずつて

べたべたと篝おとろへ鵜のつかれ

つかれ鵜おこゑごゑ鵜匠きゝわけて

鵜じまひや鵜匠折れ身に鵜を抱きて

人声よりきちきち勁し宮址掘る

炎天の礎石に老眼鏡発掘者

宮址発掘す傍観の日傘の影

埴輪出土炎天に歓喜のこゑ短く

郭公や明さとなるか北の蒼

遁走によき距離蛇も吾も遁ぐ

炎天の鵜や遠かける羽づかひ

いたどりの酸さを渋さを弟に教せ

炎天下鉦が冴え音のチンドン屋

わが夜床火虫に新参の青蛾加ふ

長路来て泉さそへば足浸ける

泉に足行く手の長路頭に白らけ

泉に入れ胸腹熱き碧蜥蜴

手をついて深淵の静滝わすれ

五月白き八ヶ嶽聳つを日常にて

天界に雪渓として尾をわかつ

双眼鏡天上界に白嶺混み

双眼鏡いつぱいの白嶽にて遠し

欲れば手に五月の雪嶺母の傍

孤つ身のいよよ孤つに白穂高

五月白嶺恋ひ近づけば嶺も寄る

八ケ嶽聳てり斑雪近膚吾に見せ

みづから霧湧き阿弥陀嶺天がくる

そのいのち短しとせず高野の虹

轍曲る五月高野の木の根つこ

天ちかき高野の轍黍芽立つ

雪嶺と童女五月高野のかがやけり

白穂高待ちし茜を見せざりき

目を凝らす宙のつめたさ昼半月

五月の凍み童女の髪の根の密に

母の鵙翔ちて地上の巣を知らるな

行々子高野いづこか葭ありて

八つ嶽に雪牡丹に雨のふりそそぐ

五月高原よれば焚火の焔がわかれ

青木曽川堰きて一つ気にまた放つ

五月空真白くのぞき木曾の駒嶽

雪嶺の赤恵那として夕日中

ひと年会ふひつは知らずに虹を負ひ