和歌と俳句

加藤楸邨

蟹の視野いつさい氷る青ならむ

猫の恋声まねおれば切なくなる

語りつつ睫毛の雪を吹きて消す

寒卵どの曲線のかへりくる

夜空蒼しひとりごと言ひ卒業

レモン春寒箇々の拒絶の充実す

笹鳴や我れはひと代を火炎上

絹の上は響きを持たざりき

西瓜割る亡き子いつでも駈けてをり

蟻がくふ蛾がきらきらと円覚寺

火事終へてあるきゐたりし兜虫

寒卵の無限同型がふとさびし

巻尺ひとつほぐれおどれり冬畳

撃たれたる雉子の目一瞬何を見し

猫が舐むる受験勉強の子のてのひら

踏まば消えん幼な陽炎見て妻へ

妻のいかり剥く唐黍はきゆきゆきゆきゆと

蝶踏んで身の匂はずや不破の関

消ゆる線のみ月下美人の花けぶる

蟋蟀や頭上いつさい責め言葉

海鼠噛む真顔のときのすさまじき

象はあそべり真にあそべる寒雀

河豚食つて戻りし目鼻ながめらる

うまづらかははぎ長き泣顔いかにせん

大鴉凍てし仏頭をつかみをり