和歌と俳句

石田波郷

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朝森はえご匂ふかも診療所

えごの花一切放下なしうるや

熱上る楢栗櫟夕立つ中

栗咲く香血を喀く前もその後も

梅雨の夜の痰壺さがす手をのばす

梅雨ふかき薄き真蒼き胸板よ

君とわれ夏百日を堪へ得んや

優曇華や昨日の如き熱の中

妻が来し日の夜はかなしほととぎす

の中肋痛む音をしのびあぐ

よろめきて孤絶の蚊帳をつらんとす

灯取蟲蚊帳にも入りゐるや否や

痩せ果てゝも青萩あれば心安し

蚯蚓鳴く疲れて怒ることもなし

かなしベッドにすがる子を見れば

向日葵にひたむきの顔近づき来

頬に蠅つけ睡れる者は縁由なし

百日紅ちりては咲くや死にもせず

師の来む日今日の樹も凡に見ず

噴水の耳打つ手術前夜寝ず

噴水とつまの呼ぶこゑ夜を徹す

楢青む仰臥の祷充ちゆくごと

緑蔭を看護婦がゆき死神がゆく

手術経てつぶせり左手に

病弟子は師に訪はるゝよ楢若葉

朝毎の名演奏者緑立つ

えごの花覗く松ヶ枝階なす

卯の花や仰臥の指に葉一枚

夕虹や三年生き得ば神の寵

緑さす右鎖骨下の創あはれ

えごの花の香をよぎりたる配膳車

新樹下を馳する看護婦面もわかず

夜は徐かに病室の壁新樹の蔭

萬緑は過ぎ来し方も押しるゝむ

蟻地獄病者の影をもて蔽ふ

未明すでに溲罎は見ゆれ水鶏叩く

幹隠り行く妻緑隠り去りぬ

芍薬や枕の下の金減りゆく

ほとゝぎすすでに遺児めく二人子よ