和歌と俳句

西東三鬼

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霧ひらく赤襟巻のわが行けば

枯樹鳴る石をたたみし道の上

老の仕事大根たばね木に掛けて

聖誕祭わが体出し水光る

相寄りし枯野自転車また左右へ

寒夜の蜘蛛仮死をほどきて失せにけり

眼がさめてたぐる霜野の鶏鳴を

地下の街誰かの老婆熟柿売る

機関車単車おのが白息踏み越えて

聖誕祭男が流す真赤な血

蟹の脚噛み割る狂人守ルカは

寒き花白蝋草城先生の足へ

死者生者共にかじかみ合掌す

触れざりき故草城先生の広額

師の柩車寒の砂塵に見失う

深く寒し草城先生焼かるる炉

寒の鳥樹にぶつかれり泣く涙

初日さす蓮田無用の莖満れり

走れずよ谷の飯場の春著の子

夜の吹雪オーデコロンの雫貰う

山の若者五人が搗きし餅伸びる

初釜のたぎちはげしや美女の前

寒きびし琴柱うごかす一つずつ

寒夜肉声琴三味線の老姉妹

獅子頭背にがつくりと重荷なす

霰を撥ね石の柱のごとく待つ

雪晴れの船に乗るため散髪す

膝にあてへし折る枯枝女学生

卒業や尻こそばゆきバスに乗り

寒明けの水光り落つ駄金魚に

昭和穴居の煙出しより春の煙

襁褓はためき春の山脈大うねり

老残の藁塚いそぐ陽炎

下萌えの崖を仰げば子のちんぽこ

紅梅の蕾を噴きて枯木ならず

薪能薪の火の粉上に昇る

火を焚くが仕丁の勤め薪能

白息黒息骸の彼へひた急ぐ

髪黒々と若者の死の仮面

死にたれば一段高し蝋涙ツツ

立ちて凍つ弟子の焼かるる穴の前

手の甲の雪舐む弟子を死なしめて

弟子葬り帰りし生身塩に打たる

亡者来よ桜の下の昼外燈

若者死に失せ春の石段折れ曲る

汝も吠え責む春山霧の中の犬

うぐひすの夕べざくりと山の創

冷乳飲む下目使いに青麦原

春のミサ雨着に生まの身を包み

道しるべ前うしろ指し山桜

黒冷えの蓮掘りのため菜種炎ゆ

木の椿地の椿ひとのもの赤し

青天へ口あけ餌待ち雀の子

一指弾松の花粉を満月へ

遠くにも種播く拳閉じ開く

尺八の指撥ね春の三日月撥ね

牛の尾のおのれ鞭打ち耕せる

芽吹きつつ石より硬し樫大樹

代田出て泥の手袋草で脱ぐ

麦秋や若者の髪炎なす

今つぶすいちごや白き過去未来

吸殻を突きさし拾う聖五月

若者の木の墓ますぐ克ホ面

田掻馬棚田にそびえ人かがむ

田を出でて早乙女光る鯖買える

五月の風種牛腹をしぼり咆え

梅雨の崖屑屋の秤光り下る

下向きの月上向きの蛙の田

毛虫焼く梯子の上の五十歳

茣蓙負いて田掻きの腰をいつ伸ばす