和歌と俳句

山口波津女

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胼かなしからず愛する夫あれば

夫の手とわが胼の手と触るとき

掴み主婦のよろこびここにもあり

短日をなげかぬ主婦はなしと思ふ

冬薔薇をを贈られてその棘に触る

冬薔薇活く鋭き棘を水に沈め

いづくへも行くにはあらず足袋穿き替ふ

炭俵底なる暗をつかみ出す

三和土にて立ちながら割る寒卵

黒きこと大きこと母の肩掛は

家ぢゆうをかなしませいぶるなり

愛をもて割れば珠なす寒卵

宿命とはいかなるものぞ毛絲編む

水餅を水よりあげて音はなし

年の豆月かくれたる海へ撒く

いぶり三和土に出して憎みけり

風邪流行る巷より人けふも来る

毛絲編み来世も夫にかく編まん

寒卵互ひに触れて冷たきもの

老農の新聞読めず雪を見る

挽きし汚れ夫には近づけず

雪の夜狂女はすでにねむれるか

わが風邪の癒えよと夫の手を賜ふ

太陽が遠足の子にかくれてしまふ

あすもある干潟と思ひゆきてみず

春昼や漁夫は職場の沖にゐて

いつ発ちて遠足の子等かへりしや

俯むきて仰むきて洗ひ髪を干す

死をのがれたるか春蚊に鳴き寄らる

前に梳きうしろに梳きて洗ひ髪

主婦病みてかびはいよいよはげしかり

蛍籠霧吹くことを愛として

蛍籠よるひる音のなきままに

病後の身にはかなるにつきゆけず

まくなぎをおろかと見ればなほ群るる

まくなぎがいつもわれより西に立つ

夕焼は濃ゆけれどもう字が読めぬ

身を護るため油虫桟より墜つ

青蜥蜴かくれても神みそなはす

土用浪海よりも吾つかれ果て

金魚貰ひたり洗面器に受くる

金魚夜を如何に過すや人は寝る

昼寝覚め遠き母いま何し給ふ

納涼の映画渚が近過ぎる

燈をつけしことにうろたへ油虫

油虫死して触覚風に動く

崖下に道なし崖のきりぎりす

氷挽く音すぐやみぬ廚にて

重き房なりし葡萄を食べ終る

手より手へハンカチ渡す立ちしまま

壁に背をつけたしばらくちちろの夜

秋冷のにはかに到り老いしごと

かくながき飛翔ありしや油虫

何思ひゐしや鋭声の過ぐる

晴天はがもたらすものなりや

いまここにピアノの音欲し露の庭

露消えていまは強烈なる日ざし

月いかに照るとも畑に甘藷あらず

病人のこころせくなり日短かし