和歌と俳句

山口波津女

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父の間の煖炉を焚けり父は亡く

父の間に父ゐますごと除夜更くる

陸の燈の絶えたり除夜の船に寝る

除夜を寝て寝台は海の上を航く

船窓に白き島近く過ぐ

練習機暮おそければなほ翔くる

蚊帳に覚めしづかな湖の辺なりけり

熔岩をゆき冬雲厚き日なりけり

熔岩黒くはしづかに降りしづむ

煖房車わが旅昨日よりはじまる

汽車に寝ね降る船に寝て旅す

横山外科炎暑の街に蔦茂り

鵙を聞き眼帯の一ト日ながかりき

編む毛絲稚子の電車に曳かれたり

昼はひとり夜は夫とゐて毛絲編む

蜜柑山その下稀に汽車通る

蜜柑山墜道を出てもはやなし

おのづから咲く道に歩をすすむ

蚊帳出づるとき蝉のこゑ四方よりす

夏痩のわが肩かなし人と会ふ

日は暑くなりつつ港埠近づけり

海路来て灼くる埠頭に旅終る

旅ながく夏すでに盛んなる吾家

ひとの喪に打水の舗道踏みてゆく

の前しづかに墨を摺りゐたり

咲きてこの山熱き湯を噴けり

こがらしが峯を降り来て吹き通る

毛絲編む手をもて夫もみとるなり

冬浪と砂丘と夫と吾とのみ

手袋の手をつき憩ふ砂の丘

外套の夫と離れつつ貝拾ふ

冬浪の前に屈みて貝拾ふ

貝拾ふ冬浪に向き且つ背き

砂州あまりひろし肩掛かき合す

冬浜に憩ひ湖上の舟に坐す

海苔粗朶の舟路をゆきしけふも暮る

咲きて海も日毎に紺まさる

樹々のかげ濃くなり海の夏来る

供華はみな白し一八抽きん出て

狭庭にもみどり滴り忌に籠る

忌に籠るわれ等けふより梅雨に入り

忌にあれば濃き夕焼をまぶしみぬ

端居してわれ等忌にある者ばかり

夏痩をひとに云はれぬ吾知るに

寝返りてなほ颱風のさ中なり

雁ゆくや母の文また読みかへす

宵の雁夜更けの雁と鳴きとほる

雁ゆくや月照る海と月ありて

風邪に寝て仮りのこの家をたのみとす

降るにわが家の燈のみ道照らす

降るに客送らんと吾も濡る

降るにわが家の客の家遠し

新雪をわが家の客が踏みかへる

わが汽車の汽罐車見えて枯野行く