和歌と俳句

山口波津女

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甘藷掘りしてその夜の雨を聞きにけり

文書くと机に向ふ雪景色

道あるきゐて雪となるぼたん雪

積りたる雪に新雪降りつづく

曼殊沙華夫は見しとふ羨し

木犀の家かへりには暮れゐたり

けふ貼りし障子に近く墨を摺る

手を伸べて座に着けまつる内裏雛

雛の間を夜に通りけりただ暗く

ひと寝ねずけり雛の間となりてより

雪嶺に電車久しく通らざる

あめつちのいましづかなり雪の嶺

なほ高き方へゆかんと揚羽蟻

松の肌荒くて通る揚羽蝶

熱の身の覚めてかなしき春の昼

流れには遂に出逢はず摘む

ひたすらにとびてかなしき揚羽蝶

衣更へてすぐ庖丁を手にしたり

歌がるたあの頃は皆若かりし

歌がるたわれ等明治に生を享け

毛絲編み夫は何編むかも知らず

塩白くして寒廚に日のさせる

水道を出しつつけふも風邪ごこち

寒卵割る一瞬の音なりき

明け知らぬキヤムプより人出で来る

稲妻のはげしさ夫とゐて黙す

穀象といふ虫をりて妻泣かす

をんなとはただ穀象を殺すなる

米を出て穀象米にもどらざる

秋風に鏡台もなく住みゐたり

障子貼り終りのころは暮れかかる

夫かなしひくべからざる風邪をひき

穴まどひ崖攀ぢんとしやめにけり

風邪の身に米の磨ぎ汁いや白し

水甕に玻璃湛へて除夜のこと了る

水甕をせめて豊かに寒廚

雪嶺に遠し田があり田がありて

わが家の煙海苔干場までゆく

恙なきわれにも割つて寒卵

病む夫にはげしき雪を見せんとす

愛情は泉のごとし毛絲編む

毛絲編み常に額に海の藍

足袋をつぐより小説が読みたけれ

足袋をつがんと日々思ふのみ思ふのみ

海苔干すをわが家の玻璃に見飽きたり

更衣ひとを疑ふこと知らず

春水の流れはやくて従きゆけず

松の花風は中空のみに吹く

松毛虫家にをさなきものが寝て

ひとりでに砂がこぼれて蟻地獄

春潮に近く住みつつ行きも見ず

穀象をなげくも殺すもわれひとり