むかし おとこ有けり 人のむすめをぬすみて 武蔵野へ率て行くほどに
ぬす人なりければ 人の守にからめられにけり
女をば草むらのなかにをきて 逃げにけり 道来る人
この野はぬす人あなり
とて 火つけむとす 女 わびて
武蔵野は今日はな焼きそ若草のつまもこもれり我もこもれり
とよみけるを聞きて 女をばとりて ともに率ていにけり
昔 武蔵なるおとこ 京なる女のもとに
聞ゆれば恥づかし 聞えねば苦し
と書きて 上書に むさしあぶみ と書きてをこせてのち
をともせずなりにければ 京より女
武蔵鐙さすがにかけて頼むには問はぬもつらし問ふもうるさし
とあるを見てなむ 堪へがたき心地しける
問へばいふ問はねば恨む武蔵鐙かゝるおりにや人は死ぬらん