昔 をとこ 女のもとに一夜いきて 又も行かずなりにければ
女の 手洗ふ所に 貫簀をうち遣りて たらひのかげに見えけるを みづから
我ばかり物思ふ人は又もあらじと思へば水の下にも有けり
とよむを 来ざりけるおとこ立ち聞きて
水口に我や見ゆらんかはづさへ水の下にて諸声になく
昔 色好みなりける女 出でて去にければ
などてかくあふごかたみになりにけむ水もらさじと結びしものを
むかし 春宮の女御の御方の花の賀に 召しあづけられたりけるに
花に飽かぬ歎きはいつもせしかども今日のこよひに似る時はなし
むかし おとこ はつかなりける女のもとに
逢ふことは玉の緒ばかりおもほえてつらき心のながく見ゆらむ