昔 をとこ 筑紫までいきたりけるに これは色好むといふすき者
とすだれのうちなる人のいひけるをききて
染河をわたらむ人のいかでかは色になるてふことのなからむ
女 返し
名にしおはばあだにぞあるべきたはれ島浪の濡衣きるといふなり
むかし 年ごろおとづれざりける女 心かしこくやあらざりけむ
はかなき人のことにつきて 人の國なりける人につかはれて
もと見し人の前に出で来て 物食はせなどしけり
夜さり このありつる人たまへ とあつじにいひければ おこせたりけり
をとこ 我をば知らずや とて
いにしへのにほひはいづら桜花こけるからともなりにけるかな
といふを いと恥づかしと思ひて いらへもせでゐたるを などいらへもせぬ
といへば 涙のこぼるるに 目も見えず ものもいはれず といふ
これやこの我にあふみをのがれつつ年月ふれどまさりがほなき
といひて 衣脱ぎてとらせけれど 捨てて逃げにけり いづちいぬらむとも知らず