むかし をとこ 狩の使より帰りきけるに 大淀のわたりに宿りて 斎宮の童べにいひかけける
見るめかる方やいづこぞ棹さして我に教へよあまの釣舟
昔 をとこ 伊勢の斎宮に 内の御使にてまゐりければ
かの宮にすきごといひける女 わたくしごとに
ちはやぶる神の斎垣も越えぬべし大宮人の見まくほしさに
をとこ
恋しくは来ても見よかしちはやぶる神のいさむる道ならなくに
むかし をとこ 伊勢の國なりける女 又え逢はで 隣の國へいくとて いみじう恨みければ 女
大淀の松はつらくもあらなくにうらみてのみもかへるなみかな
むかし おこにはありと聞けど 消息をだにいふべくもあらぬ女のあたりを思ひける
目には見て手にはとられぬ月のうちの桂のごとき君にぞありける
むかし をとこ 女をいたう恨みて
岩ねふみ重なる山にあらねども逢はぬ日おほく恋ひわたるかな