和歌と俳句

伊勢物語

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八十三

 むかし 水無瀬にかよひ給ひし惟喬の親王 例の狩しにおはします供に 馬の頭なる翁つかうまつれり  日ごろへて 宮にかへり給うけり 御おくりして とくいなむとおもふに 大御酒たまひ 禄たまはむとて つかはさざりけり  この馬の頭心もとながりて

  枕とて草ひき結ぶこともせじ秋の夜とだにたのまれなくに

とよみける 時はやよひのつごもりなりけり 親王 おほとのごもらであかし給うてけり  かくしつつまうでつかうまつりけるを 思ひのほかに 御髪おろし給うてけり むつきにをがみたてまつらむとて 小野にまうでたるに 比叡の山の麓なれば 雪いと高し しひて御室にまうでてをがみたてまつるに つれづれといとものがなしくておはしましければ やや久しくさうらひて いにしへごとなど思ひいできこえけり  さてもさぶらひてしがなと思へど おほやけごとどもありければ えはべらで 夕暮にかへるとて 

  わすれては夢かとぞ思ふ思ひきや雪ふみわけて君を見むとは

とてなむ泣く泣く来にける 

八十四

 むかし をとこありけり 身はいやしながら 母なむ宮なりける  その母 長岡といふ所に住み給ひけり 子は京に宮づかへしければ まうづとしけれど しばしばえもうでず  ひとつ子にさへありければ いとかなしうし給ひけり さるに しはすばかりに とみのこととて御文あり  おどろきて見れば 歌あり 

  老いぬればさらぬ別れのありといへばいよいよ見まくひしき君かな

 かの子 いたううち泣きてよめる

  世の中にさらぬ別れのなくもがな千代もといのる人の子のため