和歌と俳句

野見山朱鳥

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昭和二十二年
吹雪く夜の影の如くにわれ病めり
春雪を玉と頂く高嶺かな
水の玉のせて浮きゐる落花かな
いのち得て光り飛びゆく落花かな
唐獅子の眼に飛んで来る落花かな
花時も天上天下唯我咳く
子守宮の身を狂はせて逃げにけり
子守宮の駆け止りたるキの字かな
の恋まぶしきまでに昇りつめ
の渦眠うなりたる静臥時
水飲みに兵士の如く来る
の列吹き飛ばしたる帚かな
溺れ油の如き潦
大蟻の飛ぶが如くに駆けりけり
春雷や伸ばしたる手にまつ青に
露しみとなりし牡丹の薄埃
のたうつをとらへて麦を刈りにけり
罌粟ひらき胎中の皺まだ伸びず
蝸牛の角風吹きて曲りけり
蝸牛の角伸びてくる虚空かな
石垣にとびつき落つる蜥蜴かな
なめくぢり身を絞りつゝ起き返り
樺色の舌あやつりて蛇すべる
戸に下る蛇がりがりとあとしざり
入滅をしづかに見をる文殊かな
ふとわれの死骸に蛆のたかる見ゆ
大甍どくだみ生えて垂れさがり

蛍火の生き残りゐる骸かな
胸にのそ寝て弾くギターチェホフ忌
打水を脱れて上る埃かな
空蝉の一太刀浴びし背中かな
空蝉のまなこは泡の如くあり
空蝉の身内にも露宿りける
月の家窓も扉も凹み見ゆ
夜の眉銀河の如く濃くひけ
硝子戸の守宮銀河の中に在り
蝉時雨涼しけれども起居慵し
蝉しぐれより黄縅の蝶々かな
芭蕉葉の大波打つて露に濡れ
戦の如くに破れ芭蕉かな
鶏頭の大頭蓋骨枯れにけり
秋風や微熱出てより舌荒るゝ
腹の子の風邪引くといふ霜夜かな
汽車の月虚空を飛べる枯野かな
寒雷や舌の如くに桃色に
大枯木光琳笹に根を埋め
鷹の嘴折るゝばかりに曲りたる
一心を凝すくさめの行衛かな
冬浪の壁おしのぼる藻屑かな
冬浪の力砕けし虚空かな
咳く息に炉火飛びついて燃えにけり
不意に出る咳狼狽のこゝろかな
咳響く尻に両手の頬かむり
悴む手つひに抛つ絵筆かな
雪解のぬかるみを吸ふ霰かな