昭和二十四年
寒雷や針を咥へてふり返り
磐に立つわれを消したる雪煙
雪空に睡魔の描く大伽藍
雪頭巾嘴の如くに鼻を出し
天軸を指して枯れたる芭蕉かな
梅林に渓流階をなせりけり
杖の先小石驚く梅日和
水仙に手相をたれて観世音
都府楼趾より遠足子がやがやと
風悲し枯草ふれて礎石鳴る
火の独楽を廻して椿瀬を流れ
青淵を出でたる蟹の鋏かな
淵を出て蟹のかゞやく巌襖
青淵や沈みし蟹に深くなる
春水に日輪をとりおとしけり
死なば入る大地に罌粟を蒔きにけり
春泥に月の轍を引き重ね
春泥を来し足抱きて靴磨き
花霏々と月の光を受け止めし
花冷えの悪寒叢雲われをのせ
血の如く生あたゝかき夜なりけり
悪寒来る頭脳のひだに蝌蚪たかり
春愁の翼拡げて病めりけり
眠る子の髪春灯に舞ひあそぶ
大干潟立つ人間のさびしさよ
汐まねき呪文の踊りくりひろげ
朝の日を断崖にうけ滴れり
万緑や鏡の如く鷹舞へり
耶馬天台朴の花咲き鷹鳴けり
天を摩す新樹の巌を神削る
玉解きてのたりのたりと芭蕉かな
露涼し芭蕉の幹に遅々と垂れ
梅雨の寺銀屏墨の如く古り
黄金の瓔珞たれし昼寝かな
神々のみ代の如くに菜殻燃ゆ
菜殻火やイエスの如くわれ渇す
菜殻火や怒濤となりて月へ飛ぶ
鷹の輪の下の激つ瀬筏来る
堕胎する妻に金魚は逆立てり
堕胎して火蛾の如くにうち伏せる
堕胎して癒えしながしめ洗ひ髪
蚊帳青し人魚の如く病めりけり
光陰を映せる梅雨の鏡かな
裸の子這ふ父の島母の島
炎天に英彦山の瘤りうりうと
炎天に腕を上げて杉立てり
雲海や雫の如く阿蘇久住
雲海やいのち涼しく岩に寝る
英彦山の夕立棒の如きなり
顔に笏の影ある閻魔かな
滝の影日の岩壁に映り落つ
滝飛沫より白妙に濯ぎをり
滝の水隙間だらけや落ちにけり
迎火やみ霊の帰心矢の如し
黒猫の咥へし蜻蛉鳴きにけり
天高し山を登れる墓の列
花の巻くみどりの露や曼殊沙華
曼殊沙華竹林に燃え移りをり
耶馬創り神々鷹となりたまふ
どん底に大日輪や鷹仰ぐ
林檎むく五重の塔に刃を向けて
鶴舞へば虚空渦巻く枯野かな
寒紅を濡らして舌の走りけり
木枯に翼切られし如く病む
妻来ると枯野かゞやく昼餉前