和歌と俳句

野見山朱鳥

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昭和二十三年
少年に獣の如く野火打たれ
病むわれに影抛つて囀れり
飛び散つて蝌蚪の墨痕淋漓たり
蝌蚪乱れ一大交響曲おこる
一匹の蝌蚪の骸に蝌蚪たかり
をきく山裾にわれ凭れ
星空へ飛びもだへゐる焚火かな
焚火の火剣と化して飛び去れり
春雷や伽藍を蹴つて舞ひ上がり
春雷の翼に触れし灯かな
に病む真昼の夢のうすみどり
地にふれて落花と影とぶつゝかり
落椿天地ひつくり返りけり
春灯下奴隷の如く文字埋む
海越えてきて踏む島のげんげかな
桐の花島のかんざし咲きにけり
春月や雫の如く漁火かな
春の月赤し浴女燭を立て
吾を生みし天に日月地に牡丹
麦は黄に胎児こぼれんばかりなり
胎児蹴る腹梨瘤の如くなり
腹涼し胎動の臍盛りあがる
産む妻を隠す蛙の闇夜濃き
身二つとなりたる汗の美しき
大雷雨産屋の樹々を日々洗ひ
吾子の吸ふ乳房よ雲の峯より張れ
消えし空より乳房赤坊に
炎天の家に火を放け赤子泣く
大雷雨芭蕉舷々相摩して
落雷の響く身体髪膚かな
満天に星ぎつしりと梅雨あける
菜殻火に刻々消ゆる高嶺かな
静けさに耐へずに曲り蜷の道
源五郎日に舌出してすぐ沈む
行水の肌に林泉緑さす
満緑の肌に流るゝ浴みかな
行水に発止と人のまなこかな
行水の妻豁然と灯をまとも
昼寝覚発止といのちうら返る
昼寝覚頭蓋の太虚痺れ切り
昼寝覚いのち濡れたる如くなり
魚雫落ち蜿蜒と蟻たかる

稲妻の焼却したる山河かな
山を裂く火薬下げたる裸かな
蟻もがき露は魔物の如く附く
壁の蚊に乗りし雄の蚊ぶら下る
天の星降るをとらへて川涼し
星涼し川一面に突刺さり
本の塔売りたる秋の空高し
月光に針の如くに乳花飛ぶ
月光に噴き出す乳花押へもみ
赤坊の頬に月光来て笑める
羅を乳噴き濡らし無慙なり
われ病めば早寝の妻子天の川
悪寒来る凭れし月の柱より
蠅を食ふ蜻蛉の翅に雲流れ
芭蕉まで露の叢刈り払ひ
雁渡る空に芭蕉葉斬り結び
水暗く太古の如き芭蕉林
蝶々のあはれ小さし芭蕉林
水の中芭蕉群島なせりけり
逆立ちて汽車の下りくる霧の中
芒野へ山襞汗の如く垂れ
大阿蘇に人近づけば時雨かな
時雨れつゝわれ大阿蘇と雲に入る
阿蘇山頂がらんどうなり秋の風
長城の如くに火口秋の風
阿蘇を去る旅人小さき萱野かな
夜の猫一撃の爪火蛾をかけ
金屏の如くに倒れ鯉游ぐ
鬼薊金剛力に枯れにけり
鬼薊ごうごうと枯れ由布の裾
大由布の色をなさんと薄紅葉
蠅散つて蛇の骸の崩れをり
花芒地獄の坊主とび上る
榾裏の紅蓮洞窟火の子降り
炉火を吹く身体髪膚うち倒し
炉火の影羽搏き翔ける襖かな
寒月や翼の如くいのち去る
戦の如くに葬旗枯野行く
人の死を咥へ飛び去り冬鴉
寒紅の去りし鏡の虚空かな
寒紅の顔逆立てる枕かな
凍蝶に春を囁く日和かな
咳の痰翼ひろげてひつかゝり