和歌と俳句

野沢節子

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鶴といへる鳥肌寒の意中にす
露光り了へて訪はるるまでの隙
土の露ときに虹なす女の歩
露の鵙夕べは雨の鵙として
秋耕の了りし丘を月冷やす
かじかみてぬくみきるまで口つぐむ
刃を入るる隙なく林檎紅潮す
てのひらの冷えの林檎を剥くに易し
やがて冬夕焼いろに肩を染め

拓きゆく寒気や一歩ごとに閉づ
わが恃む寒気日向もその裡に
香油して黒髪さらに冷えにける
風邪ごゑを常臥すよりも憐れまる
降りかくす眼路寸尺に雪新し
雪解光逢はぬ乙女を愛しゐぬ
傘ついてもどる雪道土現れをり
北風へ向く婦になべて包重し
どの屋根にも雪後の空の高すぎて
この日向にとざされ忘れられゐるも
綿虫を前後左右に暮れはじむ
時季ならぬ南風炭火はねどほし
母踏みいづるほどは雪面に灯の洩れて

信ずればマルメロも掌に重き実や
材木のつまれ春風無尽なり
ためらはず瞠め春燈無慙にす
言絶えしまま春昼のとどこほる
東風吹いて女身に冷ゆる髪と爪と
またの別れ春暮れかかる顔をあげ
春の燈の消しそびれしを孤燈とす
芝焼いて曇日紅き火に仕ふ
蕗の薹師とや生地を等しくす
白ラ吐息見つつ姉たらず友たらず

花万朶疼む眼に見えてをり
風邪の疲れ夜の昏さにかくまへり
風邪の身に疲れ加はる憎しめば
迷ふ追ふも殺すもひとりの吾れ
愛す終生病む身つつむとも
わが方へ来るにたがはじ白蝶待つ
麦の青樹の青赫と昼寝さむ
の昼多幸ならんか便り絶ゆ
母は見しと一車の薔薇の街ゆくを
わが家みな手を目立たしめ更衣

梅雨清浄葉をひろげゐる樹々の上に
梅雨やみゐし夜の真深さを星埋む
降りつのる梅雨ゆゑならず距たるは
梅雨ながしいかりともなき手の震ひ
濡れ犬の身震ひ梅雨の夜覚めをれば
読まず書かぬ月日俄に夏祭
夏蝶や布裁ち絲巻くこと切に
善きことのみ告げられ万緑を訪はるる身

七夕の翌ともなりし咳いづる
百合鬼百合なべて女のためひらく
峡いづる百合の花粉に肘染めて
炎天ふかく濃き青空を見定めぬ
瑞の夏羽の飛燕つぎなる人の眼にも
風の凌霄楽の終曲高まりつつ
真赤な花咲きつぐゆゑに蝉減らず
夜の蝉とび来てあたる男の胸
興るとき紺天冒す一雷雲
棕梠幹の褐色夏葉もて蔭る
遠雷に身のしづもりを疑ひし
逃れえずここも鏡に晩夏の日
夜の虹透明なるを眠りて視し
善悪はや虫音一途にかき消され