鵙の昼伸びしだけ白き爪を切る
柘榴とりつくしたる日しづかに熱いづる
末枯や高熱なるときうら若し
こやる身に毛布は厚し誰もやさし
医師去って初霜の香の残りけり
しぐれつつ気温高まる夜の近火
掌をすすぎ医師匂はす秋の水
秋夜いくたび熱の顔に母の御手
注射器に騰る鮮血鵙黙せ
夕焼や雀のこゑの繁ならず
熱退いて月光日よりも明るけれ
起きゐるも臥しゐるものも露めぐらす
冬鏡拭ひし手なる香りけり
食塩をすくふ風邪気の匙の尖
冬の燈に寝るまでの顔かがやかす
風邪の背に夕映の刻迫りをり
凧の風ここに集へり白きを干す
寒気の香月にまさり来雨戸閉づ
寒柝を打つて響きに守られゆき
ピアノの音絶えぬ嘴とぐ寒雀
訪はるるまで寒の閑けさつづく部屋
すでに春の燈隣家の鴨居見透しに
春の日や癒えても母に丈及ばず
限りなく雪かの傘の辺もつつむ
天よりも夕映敏く深雪の面
雪止んで川瀬のほかを蔽ひたる
家中まで持て来し雪にわれ影す
子ども来ねば雀栗色雪に弾む
雪窪や雀身隠りえずに二羽
満目の雪減りゆくに落着かず
雪照る中膝の紅絲まるめ落す
春曙何すべくして目覚めけり
長病めど春昼の頬衰へず
誕辰の菓子の春花を切り頒つ
濃菫へ俯向くことも彳ちしまま
曇日へ青麦犇く障子の隅
春昼の寡黙に母の帰りきぬ
春燈膝下に病めば恋もなし
春の夜の水満たしむる苦しきまで
さるすべり芽吹き遅れぬセルには早し
鳥翔くる羽裏新樹に明るませ
青麦の量に揺らげり南風の丘
若葉俄にこぞるにさへや疲れ易し
丘麦そよぐ夕景たのし戦なくば
どの新樹に拠れど目ナ先新樹立つ
母出でゆく蔦青む昼火気を絶ち
青梅の数増す病身爪立てば
鶏卵を買ひきて拡ぐセルの膝
楢若葉いさみ立つ風いまは熄む
眼前に蝶群れ光り臥しつづく
高ゆかず日盛の蝶白く憂ふ
青くたかき桃濡れとほす夜も昼も
梅雨さわぐ青きが中の篁若し
梅雨ふかし昼の楽より睡り克つ
街燈に葉影著しも梅雨の扉は
忌の枇杷のつゆあまりては指濡らす
抱へゐる鷄首伸べて夏日瞶る
雨いまだ遠き花火を消すに足らぬ
遠き闇終の花火と知らで待つ
濃をつくす夕焼さらに飛ぶものなく
きりぎりす青きからだの鳴き軋る
日すぢ切に黄を加へをりきりぎりす
葉風よりはげしき蝉音衣透りぬ
炎昼や逢ひてこころに友失ふ
行くところ向日葵連れだつごとく咲く
雲の峰なほ峰づくる逢はぬも佳し
しんしんと澄む秋空やゆき場なし
こほろぎのこゑのひかりの夜を徹す
秋気ぎつしり羽色濃き鳶逸らしむ
マスカット白髪の父と房頒つ
コート着ればすぐ秋雨の中ゆく母
にはたづみ秋雨濁さず明日も降る
船火事の空おしなべて夜霧の層
いちぢくのジャム練るいつか母情もて
なま白き月地をいづる颱風あと
黒き目を瞠りどほしに火蛾疲る
颱風のさ中に剥きて柿赤し
鵙啼くや寝起も同じ紺絣
食べ足りて鷄ら夕焼に染み竝ぶ