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2004年3月27日藤村龍至さん とベラ・ジュンさん と建築あそび記録
1サテライト・シティ(1) 2 .サテライト・シティ(2)  3ペット建築 4 海外ペット建築(1) 
5 海外ペット建築(2) 6 書をつくりに 街に出よう 7 小学校のリサーチ 
8 小学校のプロジェクト 9 Dual Space    10 1500mm 11 アパート 
12 .sync         13 voxel house 

   ★★ 書を作りに街に出よう★★

図1 書を作りに街へ出よう
 
f こういう活動をやっているというのはどういうことかというと・・・。
s お 寺山修司の・・パロディ・・

f 寺山修司の「書を捨てよ 町に出よう」という有名な言葉がありますが・・・伊東豊雄がですね、仙台メデーアテクをつくったときに、「ここでは書を『つくり』に街に出ようなんですね」なんてことを書いていて、僕はそれをすごく「いいな」と思って。僕は「それをやりたい」と思もって。

ある教 科書があってそれを絶対視する姿勢でもなく、それを捨てて街へ出るっていうただの反面でもなく、都市へ出て、その都市の現実を解釈することによって、。
 ある教科書があってそれを絶対視する姿勢でもな、それを捨てて街へ出るっていうその反面でもなく、なんか都市へ出て その都市を解釈することによって自 分たちの生を刻み込むという姿勢に共感しているんです

それは最近の教育の流とも関係あると思うんですが、小学校の生活科などでは教科書を使わないで街へインタビューに行って、商店街の人に話を聞いてまとめるとか、・・そういうことをやっているんですけど。

大学院でもフィールドワークとか最近はとても増えていて、・・塚本さんなんかの授業なんかでもまず、街へ出ていて学生が写真なんかを撮ってきて、学生が教科書を作ってゆく、最後に一冊の本が出来る

ベルラーヘ・・はそれをかなり大胆に取り入れていて、毎学期ごとに一冊づつ本が出来ていくような、教育をやっていて、そういう教育をやって行くと、面白いのは 先生と生徒の関係が逆になるというか。先生が教科書をもって生徒に教えているというよりは 学生が街に出て行って先生に教えている・・

会場 微笑む

立場が逆転が出来る・・

t 先生はすることが無くなるね

f 先生はそういう意味では来たものに対していかに面白いリアクションして、面白いストーリーにまとめていけるかどうかっていうかにその資質が問われている。

I 先生はやっていればやっているほど見識が・・豊になっていって・いいよね
f そうですよね
t 先生はそれで出版料 まで入ってくる

会場 笑い

t これ言っちゃいけないのか

s あとで削ればいい・・

会場 笑い

I そうかこれ・・記録されてるのか・・
会場 笑いな・・

森本 本作った学生って本もらえますよね

f 森本君も参加した、「トーキョー・カスタマイゼーション・ワークショップ」とかね・・・。参加した

s 教授の手柄じゃないじゃないでしょう みんなでやるんだもの・・

会場 わらい 手柄・・ワイワイ・・

m 街の方がやっぱり敏感に世の中に素早く反応しているっていうことですかね・・

f 真実の在処が・・知の在処 というのかもしれないけど、例えば大学にあったりして、大学の先生が真実を知っていて それを出版して世に広めるとうような、体系的知に対して、真実が街の中にあり、それを集めて世に知らしめる、解釈を示すというのが大学のあり方であるというのが知のあり方であるというような知のパラダイムの変更だと・・シフトだと思うんですけども

それは・・「系統主義」 と「経験主義」 とか 「事実主義」と 「解釈主義」の対立みたいなカタチで括られますが・ 

例えば僕達が習った数学は、小学校で足し算を習って高校で3年生の終わりに微分方程式が解けるようになるというような そこまで系統立てて知の体系が出来ているという、というような 系統主義のやり方で。

それに対してフィールドワークなんかは街へ出てそこの現場の人が一番知っている・それをまとめてきて知の体系を作ることが学である・・そういう解釈主義的なやり方。

t これさ、教える側からすると、フィールドワークに出掛ける前の一番最初のレクチャで一体なにを話かというのが一番大事だと思うんですけど、実際に街に出掛けて行く前の、事前準備として必質なものは何なんですか

f 確かにそれはあるかもしれない・・ヴィニー・マースが「宇宙でリサーチやったら面白いじゃないか」と最初のレクチャーでこう言うわけですよね。

t そうですね

f それにインパクトがなければ学生が集まらないわけで・・教師の役割というのは、そういう場と最初のサイコロを投げるとうか・・そこが一番重要なことだとおもうんだすけど

会場電話が鳴り出す  佐藤電話にでて・はい・・

t 一応最初からこういう方向でなんか見付けてこようという大体のデレクションはあるの? それとも全く白紙の状態で出掛けるの?

f 勿論ある場合もあるし 無い場合もあるし、さっきのペットなんかは「小さい建物を探せ」・・「とにかく幅の狭い建物を集めよう」とか

会場佐藤電話中にもかかわらず携帯電話も鳴り出す・・電話入ったから両方でられないから・・じゃあね・・会場 笑う佐藤電話に出続ける

t なるほどね・・

森本 ・・先生が「こういうのにしようという」 じゃないですか・・あの生徒によってはベクトルが違ったりというか

f あそれはね学生の方もそれに応じた考え方をする。

森本 学生のほうがですか

f 先生の方もですけど・・切り捨てるみたいな

会場電話が鳴る  こっちでも電話鳴って出られないから・・電話中の佐藤悩む・

s 電話が鳴ってメチャクチャになってきたので 一寸休憩しない 


★★ 会場 笑い・小休憩 ★★

s あちらでもこちらでも電話がなりだし会話が方々で始まる・・いやまだついてないです 電話が沢山あると不便だなー

ms 八重樫さんが今 出るそうです・・

s 今面白い話だったのに聞き逃したなー

f やっぱり雑誌的なものだった、すごく時間と文脈に依存した・・

t ふームー・・

s なに田中さんフンフン唸っているの

t いや

f 田中さんはフィールドワークの先生なので

t いやいや・・乗せるのが難しいナーと・・常々感じているので・・

f ふーむ

I そのなか スパンの短いレポートが 5冊ぐらいたまったところで、それを総括するメタな体系が出来、それが・・

s 来た来た・・一寸まってください・・いろんな人が来るから
 大阪からケイさんが来る・・靴ぬいでよ・・と招いている・・遠いところ御苦労さま・・

t 系統主義と解釈主義はいずれか一方じゃなくて両方でもってある程度解釈したら、一個の体系に持って行かないと、その瞬間で消費されて終わるじゃないですか・・そういう なんか・・

f  ふん

i 行ったり来たりするんじゃない

t 行ったり来たりしないと いけないですよね

I 植物学でもプラントハンターの時代っていうのがあってその 標本室の時代が来て、標本室の時代が行き詰まると、またプラントハンターの時代が来て、れでより緻密で大きい体系が出来て・・みたいな

f そうですね。教育の歴史とかみても、社会の成長期と成熟期に応じて大体入れ替わるじゃないですか。日本でいうと明治に始まった教育は比較的自由で、 日露戦争の後に系統主義的教育が始まって、それが終戦で教科書に墨を塗ってもう一回「街に出よう」ということになったんだけども、それが1958年の教 育学習指導要領のスタートによって再度系統主義的になって、2002年の学習指導要領の改訂で再び経験主義に戻りつつある。

s 総合学習 

f 総合学習なんかはフィールドワークを大々的にとりあげますけど、歴史をみても行ったり来たりみたいな・・だから今のオランダ人のスタイルというのは一種の知のパラダイムの転換と非常にリンクしてると言っていいか・・それがどの程度まで

s トイレから出てきたさとう 総合学習 だから

f 笑う・・レム・コールハースヴィニー・マースなどの今のオランダ人建築家のスタイルというのは、そういう知のパラダイムの転換とリンクしてるのかな・・・ と思います。それがどの程度までオランダ社会と結びついているのかわかないですけれど・・・。邪推ですが、例えば大きく言えばキリスト教のカソリックと プロテスタントの違いはそのまま聖書に対するスタンスの違い・・・事実主義と解釈主義に繋がったりしますけど、オランダはプロテスタントだから・・・。


会場 ふーむー  疑問の唸りを上げる石川
f   ・・・というのは言い過ぎですが、オランダ人達が一つの独特の熱気を持って ああいうことをやっているとうのは・・一つの傾向としてあるなと思いました

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