そこにあることが当たり前になっていて、すでに有り難みとかそういうものは全然感じなくなってる。「家族」よりも遠いけど、「友達」よりも近い。ちっちゃい頃から、ずーっと一緒。普通に遊ぶときや学校の行き帰りはもちろんのこと、親同士が仲良しだったこともあって旅行なんかにもかなりの確率で連れだって出掛けた。 だから私の記憶の中には必ずと言っていいほど、臣くんが出てくる。臣くん、本当は「正臣」という名前なんだけど、赤ちゃんの私は「まさおみ」という長い名前を上手に発音することが出来なかったんだって。で、いつの間にか「臣くん」。何となく改めることもしないまま、今日まで来ちゃった。 うん、いつの間にか。本当にいつの間にかって感じで、臣くんは高校2年生。いわゆるセブンティーンってやつだ。ひとつ年下の私は、高校1年生。臣くんと同じ高校に、ギリギリセーフのしっぽの先で合格した。
「どうしようかなぁ、迷うなあ〜っ!」 お風呂上がり、ベッドの上でごろごろしながら。 私は床に散らばった雑誌のひとつをつまみ上げ、グラビアをぱらぱらとめくった。もう、ここんとこはこればっか。昼間、空気の入れ換えに部屋に入った母親に「学生の本分は何だっけ?」と渋い顔をされるのもしばしばよ。でもねえ、そんなこといってもねー、仕方ないじゃないの。 うーん、やっぱ「生チョコ」はいいなあ。苦いココアパウダーに包まれたとろんとした食感を思い出すだけでぞくぞくする。それに結構簡単に出来るのよね、そこも狙い目。うんうん、ここの頁は要チェックね。ああ、だけど焼き菓子も捨てがたい。しっとり濃厚なガトーショコラにシフォンケーキ。ナッツたっぷりのチョコブラウニーとかもいいなあ。ああ、悩む悩む。 うわあ、プレゼントのラッピングも可愛いなあ。だけどさーこんなピンクのひらひら、男子たちはどう思うんだろう。どう考えても趣味じゃないと思うんだけどな。それでも綺麗に飾ってあった方が嬉しいのかしら。良く分かんないわ。 ごろごろ、ごろごろ、ごろごろ。 「ああっ、困った〜! どうしようーっ!」 ひとりごとばっかり言ってるのも怪しい人みたいだから、とりあえずベッドの一角を占領しているクマさんに話しかけてみる。大きくて真っ白なクマさん。これは臣くんがくれた合格祝いだ。 「そっかーお前がウチに来て、もう一年近くなのね」 思わず、きゅーっと抱きしめてみたくなって、でもやめた。だって、こんなにチョコの記事ばっかり読んでたら、何だか身体中がチョコレート臭くなった気がするんだもの。だから我慢して、黒い鼻先にキスしてみる。クマさんはいつものつぶらな瞳のまま、じーっと私を見つめていた。
どんよりとした冬空。夜のうちに降った雨がアスファルトを黒く濡らしている。雪になるかも知れないって予報では言ってたけど、そうじゃなかったんだね。雪はそりゃ最高にロマンチックなんだけど、あとの大変さを考えるとあまり嬉しくない。 「おはよう、臣くん。今日も寒いね」 白い息を辺りにまき散らしながら駆け寄ると、臣くんはちょっと小首を傾げて言った。 「……手袋、忘れないで持ってきた?」 毎朝、慌てて家を飛び出してくる私がしょっちゅう色々と忘れ物をすることを、臣くんはとっくに承知している。ちなみに襟元はマフラーで完全防備してるのに手袋を忘れたことが、この冬だけで三回もある。徒歩とバスをあわせて30分ほどの通学路。結構冷えるのよね。 「すごい、過保護だよねえ。だけど、今庄先輩なら許せるかな。だって、隣にいたら目の保養になるでしょ? 朝から眼福よ」 そんな風に言ったのは、和沙(かずさ)ちゃん。中学から一緒の友達だ。うんうん、分かるよその気持ち。確かにそうなんだよねえ……。 「え? 何か顔についてるかな?」 臣くんが急にそんな風に言うから、慌てて首を横に振った。ああん、もう。こっそり眺めていたんだから、視線に気付かないでよ。だってさ、臣くんって何というか……すっごい綺麗な顔をしてるの。髪の毛は真っ直ぐでさらさらしていて、それをこざっぱりとカットして清潔感に溢れてる。前髪から覗く太めの眉、きちんと二重の切れ長の目、確かな存在感を保ちながらもくどすぎない鼻と口。背だって高い。 「それはそうと……、くるみは昨日も遅くまで起きていたでしょう? でも、勉強していたんじゃないよね、机の電気は点いてなかったし」 ふうっとひとつ息を吐いて、臣くんは少し険しい表情になる。整った顔だけにかなりの威圧感。幾度となく見慣れてるはずだけど、それでも思わず後ずさりしちゃうよ。 「目の下、クマができてる。どうしたの? 何か心配事かな。……困ってることでもあるの?」 別にそんなんじゃないから、再び首を横に振る。そこで「大丈夫だよ」ってにっこり出来れば良かったんだけど、そうしなかったら臣くんはまた溜息をひとつ。 「はいはい、もう詮索しないから。ほら、遅れるといけないから早く行こう。今週は週番なんでしょう?」 ぽんぽんって、頭に置かれた大きな手のひら。そんな風にするから、ますます私の背が縮んじゃうんだよと思っちゃう。昔はほとんど目線が同じはずだったのに、今では臣くんの方が頭一個分遠ざかってしまった。 ……それにしても、なぁ……。 どっから見ても、誰から見ても、お兄ちゃんと妹にしか見えない私たち。ま、実際もそんな関係だから仕方ないんだけど、一度くらい勘違いをしてくれる人がいてもいいと思う。なのにさ、こんなに格好良くて素敵な臣くんとべったりな私なのに、他の女子たちからやっかまれたことがない。臣くん、モテるんだよ、マジで。バレンタインとか、毎年てんこ盛りにもらうんだよ。それなのにさ。
通勤通学時間帯のバスは、乗り込む前からすでに満車状態。ぎゅうぎゅうと身体を押し込んでどうにか収まると、臣くんは私が押しつぶされないようにガードしてくれる。 こういう関係も、いつかは終わるんだよね。臣くん、今までずっとフリーだったけど、きっと近い将来にとびきりの運命の相手と出会うんだから。そのドラマのような一幕にも私は遭遇することになるんだ。 「……あ、今庄先輩だ!」 すし詰めの向こうから、そんな声がしてくる。……きっと、気付いてるよね? どこへいても、必ず人目を引く臣くん。その影に隠れて私は冬道を走るエンジン音に紛れて小さく溜息をついた。
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