TopNovel>金平糖*days ・8


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 ――もう少し、頑張ってもいいんじゃない?

 そんな風に言われたところで、具体的にどうすればいいかなんて見当もつかない。

 運んだ材料をざっと小分けにして、冷蔵庫に入れた方がいいものは詰め込んで。段取りのいい牧田くんのお陰で、当日に残しておこうと思った作業まで終わらせることが出来た。
  金曜日と同じように駅前で別れて、ひとりバスで帰宅。ひとり掛けの席に座って、流れていく窓の向こうを眺めていた。

 

 本当に、臣くんと私って。

「会おう」と思わなければこんなにも接点がなくなるんだね。今更ながら思い知らされて、愕然とする。一生懸命追いかけなくちゃ、臣くんには追いつけない。そんな当たり前のことさえ、私はずっと気付かずにいた。

 バレンタインの当日、私が臣くんの「欲しいの」を持っていかない限り、きっとこのままの離れた関係が続くんだ。もしかしたら臣くん自身はそれを望んでいるのかも知れない。だったら無理にどうにかしない方がいいのかなとか、考えちゃうよね。臣くんが嫌がることはしたくないよ。

 ――俺は正式に立候補しちゃうんだけどな。

 ああ、それがあったか。でもなー、牧田くんだって軽すぎ。どこまで本気で言ってるのか分からないし。あんな言葉を真に受けるほど、私は馬鹿じゃないわ。多分、……きっと。

私は一体、あと何を頑張ったらいいんだろう……?

 

  


「へええ、それって。ファンクラブのお姉様方に吊し上げになりそうじゃない。すごい、二度もツーショットだったんだね。くるみって美味しすぎーっ!」

 月曜日、登校してすぐ。教室だと誰が聞いてるか分からないから、「準備を手伝って」って調理室までふたりを呼び出した。和沙ちゃんは今までの成り行きを一通り聞いて、本当に嬉しそう。何か、遊ばれてない? 私って。

「牧田くんのファンクラブなんて、あったの?」って聞いたら、穂積ちゃんが「うんうん」って大きく頷いた。そういえばよく、派手派手系の先輩たちがウチのクラスの前にたむろっていたりしたっけ。そうか、あの人たちは牧田くん目当てだったのね。確かに敵に回すのは恐ろしそうな方々だわ。

「でも、ただ軽いノリじゃないと思うな。彼って見た目に似合わず、真面目なところあるじゃない」

 穂積ちゃんは、相変わらずののんびり口調。ゆっくりと考えを巡らせてるみたいに、少し首を傾げた。

「実はね、牧田くんには色々聞かれてるのよ、くるみちゃんのこと。最寄りの駅とか通学手段とか、それから誕生日とか。態度には表さなくても、前々から気になってたんじゃないかな?」

 ――えええ、そうなの? 知らないよ、聞いてないよ。

 もう穂積ちゃんってば、ずるい。そんな重要なことどうして黙っていたのよ。むーって睨んだら、彼女はにこにこしながら「だって、内緒って言われたんだもの」ってあっさり返してくる。

「ま、いいんじゃないの? このまま、牧田くんに乗り換えるのもひとつの手かもよ? いいよなー、どうしてくるみばっかり。男って分からない、みんなどこに目をつけているんだろう」

 

 ひどいなあ、和沙ちゃんまでそんな風に言う。ふたりとも、ヒトゴトだと思って気楽に構えてるんでしょう。こっちは本気で悩んでるのにさ、何かますますやさぐれちゃうわ。

本当にさ、そんな脇道に逸れてコメントしなくていいから。少しは真面目に考えて欲しいわ。臣くんが一体、何を欲しがってるのか。バレンタインはもう明日なのに、まだ全く白紙の状態。嫌になっちゃうわ、もう。せっかく少しは前向きになったかと思ったんだけど、これじゃあね。

 あんな言い方をするんだから、きっと今までの11年間に私が臣くんに一度も渡したことのない品物を希望しているんだと思う。
  ……でもねえ。消去法で考えていくと、もうほとんどアウト。市販のチョコも手作り品も、ハンカチもタオルも本も万年筆もCDもDVDも。めぼしいものは全部贈っちゃった。だって、プレゼント絡みのイベントってバレンタインだけじゃないよね。クリスマスも誕生日も、臣くんが私にくれるからってことで何となくこっちからも渡していた。そんな高価なものは無理だけど。
  だったら、ここはやっぱり定番の手編みマフラーとかセーター? ううん、そんなのがギリギリになって間に合うわけないじゃない。タコやイカみたいに腕がいっぱいあるわけでもないのに。それくらいは、臣くんだって分かってるはずだ。

 ……じゃあ、そうなると……?

 

 牧田くんも和沙ちゃんも穂積ちゃんもみんな揃って意地悪だなあって思うけど、やっぱり一番性悪なのは臣くんだよね。私がこんなに悩んでるのに、ヒントのひとつも与えてくれない。

 優しくて頼もしくて、いつも振り向けばそこにいてくれる日溜まりみたいな存在。ずっと信じていたのに、臣くんは何があっても変わらないって。それなのに、どうしてなの。

「頭で考えてたって、時間がもったいないでしょう。もうここは玉砕覚悟で突き進むしかないんじゃない……?」

 顔に似合わず過激な穂積ちゃんの発言に和沙ちゃんがうんうんと大きく頷いたところで、始業5分前を告げる予鈴が調理室内に鳴り響いた。

 

  


 ――突き進むって言ったってねえ……。

 今日はみっちり6時限まで授業が詰まってる。その上、昼休みと放課後は試作会のあれこれでいっぱいいっぱい。

 のろのろとお経のように教科書を読み進める古文の授業がようやく終わって、私は先生よりも早く教室から飛び出した。そのまま階段を下りて、2年生フロアの3階まで移動。一気にG組の教室の前まで進んでいくと、……あれ、空っぽだ。

 そうっと誰もいない教室を覗き込んで、時間割を確認。わわ、初っぱなから保健体育。体育館だったのね。だったら、1階の渡り廊下の辺りに張っていた方がベストだったかな。
  がっくりと肩を落としてたのは、ほんの一瞬。すぐに気を取り直して、今日の時間割を全部メモした。ふむふむ『体育・数U・世史・化学・英E・現国・数B』……うわ、数学が2時間もある! さすが理数科。7時限まである日が週に3日もあって、さらに芸術選択がないっ! 何かぎゅうぎゅう過ぎて目眩がしちゃうよ。

 香りつきボールペンを握りしめたままそんなことを考えていたら、どやどやと中央階段の方が騒がしくなった。やば、戻ってきたのかな。慌てて教室を出て、北階段の柱の影に身を潜めた。

  女子は着替えに更衣室を使うけど、男子は教室だからそのままこちらに歩いてくる。スカイブルーのジャージ、2年生。私は必死に目をこらしながら、探した。

 ――いた!

 集団の中ほど、ひときわ目立つ長身は見つけるのが簡単。隣にいるのは「今井」って先輩かな、それとも「安田」って人かな? 楽しそうにこづき合ってる姿は私が知ってるよりもずっと子供っぽく見えた。あ、髪の毛切ったんだ、だいぶすっきりしてる。てっぺんの辺りはつんつんして、でも襟足は長く残して。短い前髪は汗で額に貼り付いてた。

 何か……何というか、すごい格好いいかも知れない。

 じーんと何かがこみ上げてきて、私は柱を掴む手に力を込めた。だって、久し振りなんだもの、こうやって臣くんを見るの。ホント、金曜日の昼休みに偶然ここですれ違った以来、ちらっとその姿を見ることもなかった。家に帰ったって臣くんの部屋はぴっちりと遮光カーテンが閉められていて、奥の人影もよく見えない。とりあえず光はうっすらと漏れるから、そこにいることは分かってるんだけど。

 うわあ、本物だよ……!

てんぱってる脳みそで考えた結果。今日は一日、出来るだけ多く臣くんと接触することに決めた。もちろん、直接声を掛けたりそう言うのは駄目だから、物陰から覗くだけ。これじゃストーカー行為になっちゃうけど、仕方ない。
  時間ないんだもの、タイムリミットは迫ってるんだもの。だけど……何か、このまま諦めるのもしゃくなんだよね。やっぱ、本人を見ていれば何かに気づけるかもって思うから。臣くんの一挙一動に、ヒントがばっちり隠されているんじゃないかな。

 

『何言ってるの、時間は誰にだって共通に与えられているんだよ。みんな条件は同じなんだから、大丈夫。くるみはまだまだ頑張れる』

 

 ……ああ、確かあれは高校入試前の追い込みの時期だった。

 直前の模試の結果が散々で、私は半ば諦めかけていたのよね。とりあえず私立は受かってたし、そっちでもいいからって。
  だけど。やる気を無くしてぼんやりしていた私に、臣くんは今までに一度も見たことがないくらい怖い顔で言った。『やる前から諦めちゃ駄目だ』って。あのひと言がなかったら、きっと今の私はいないんだ。

 うう、色々考えたら何だか泣けて来ちゃう。だって、私の回想シーンには絶対に臣くんが出てくるんだもん。そもそも考えないようにする方が無理だったんだ。必死に強がってたけど、そろそろ限界。

 

 コオロギみたいに柱にへばりついた私になんて全然気が付かないまま、臣くんは他のクラスメイトと一緒に教室に入っていった。

 

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