TopNovel>金平糖*days ・5


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 いつも連れ立っている男女のふたり組がいれば「付き合ってるのかな」と思われるのは当たり前。
  ちっちゃい頃はそんなに煩わしいとも思わなかったけど、小学校も高学年になると次第に外野が騒がしくなった。

 

 臣くんは地区のサッカークラブに所属していて、かなり活躍してたのね。そうすると、他の小学校の女子とかからもチェックされて、積極的な子たちに声を掛けられたりしちゃうの。そう言う現場には結構遭遇した。
  彼女たちが一番先に気になるのは、やっぱり私の存在だったみたい。そりゃそうだよね、金魚のフンのようにどこでも一緒にいるんだもの。これじゃあ目障りになって当然だと思う。

 ――ナニヨ、アノコ。

 あからさまな視線に晒されるたびに、居心地が悪いなあと思い始めた。臣くんは全然変わらないけど、私の方がね、どうしても。
  それにさ、そういう女子たちってすごく可愛いのね。ブランドものの服とかでばっちり決めていて、リップとかまでつけている。ぴかぴかきらきらして、綺麗にデコレーションされたショーケースの中のケーキみたい。すっごく大人っぽく見えたし。

  強気な眼差しに耐えきれずに俯けば、ひらひらスカートに付いた飾りレェスがふわんふわんと揺れていた。

 

 児童会長に応援団の団長に紅白リレーのアンカー。最後の締めは卒業式のハイライト、卒業生代表の答辞。優等生のチェックポイントを全てクリアして、臣くんは私よりも1年早く中学生になった。

「サッカーを辞めちゃったから、身体がなまっちゃってさ」……そんな風に言ってたのに、いつの間にか今度は陸上部のエース。私が入学する頃には校内で知らない人がいないくらいの有名人になっていた。

 学校の行き帰りが一緒だったのに、どうして気付かなかったんだろう。同じ制服を着ているのに、臣くんだけがものすごく目立つ。背が高いのはもちろんのこと、たとえようのない存在感が漂っているのね。周囲の視線が、全て臣くんに引き寄せられる。そして当の本人はそれを気にする素振りもなく平然としていた。

 ――なんか、やりにくいなあ……。

 どうしてだかは分からない。でもその頃からだろ思う、私の心の中には始終とげとげした感情が湧くようになった。たとえるなら金平糖。色とりどりの砂糖菓子が心の中を転がっていく。そのたびに控えめな突起に敏感な表面がさすられるのだ。
  私に対する臣くんは、本当に少しも変わらない。初めての記憶の頃からずっと、そのまんまで接してくれる。だから、変わっていくのは私だけ。それがとてももどかしい。

 

 一日のほとんどを同じ建物の中で過ごしているのに、私は出来るだけ臣くんを避けるようになっていた。だけど、どんなに頑張ったって上手くいかないの。だって、臣くんはどこにいてもすぐに視界に飛び込んでくる。

 ゆったりとした微笑みを絶やさないままで近づいてくる臣くんを見てるだけで、心の中の金平糖はネズミ算式に増殖した。

 

  


 ――違う、そう言うつもりじゃないんだからね。

 一体、何度自分に言い聞かせたのだろう。私は今にも爆発しそうな心臓を抱えながら、中央階段を下りていた。

 

 ウチの高校は4階建て。上から見ると中央通路で繋がったH型になっている。……あ、直接見たことはないから、多分だけど。こっちの「クラス棟」の方は、1階が昇降口と用務員室、保健室とか。一番突き当たりが図書室だ。2階から上は順に3年生・2年生・1年生の教室になる。ようするに、学年が上がるごとに階段の昇降が少なくなる計算だ。
  下っ端1年生の私にとって、上級生の教室がずらりと並ぶ階下は未知のフロア。階段の上り下りのときにちらっと眺める程度で、ほとんど馴染みがなかった。それなのに今、私は3階、2年生の廊下を歩いている。

 何か、やっぱり緊張する。学年ごとにスカーフと上履きの色が違うから、遠くから見ても私が1年生だということはバレバレ。別にいいんだけど、悪いことをしている訳じゃないんだけど、……何となくね。

 昼休み、丁度お弁当を食べ終わった時間。廊下にはたくさんの人が出ていた。それを避けながら歩くのも大変。ひとつしか違わないのに、みんなとても大人っぽく見える。

 そして、G組の教室の前。私は意識的に足を速めて一気に通り抜けた。

 

 今日は朝から一度も臣くんの姿を見てない。それはすごく珍しいことだった。

 いつもだったら、平均して二回はすれ違うのに。ひどいと、休み時間ごとに遭遇することになるのに。あまり不思議だったから、もしかしてお休みなのかと思っちゃった。でも違うみたい。さっきも放送で生徒会室から呼び出しが掛かってたし。

 ――やっぱり、本気で避けられているのかなあ。

 我ながら、自意識過剰だと思う。でも、すごく落ち着かないんだもの。やっぱり『臣くん依存症』なのかなあと悲しくなる。まるでペチコートを履き忘れたみたいに、足下がすーすーするんだもの。だいたいね、今までは臣くんがどこにいるかなんて、探すことだってなかった。いつだって顔を上げればそこにいるんだから。

 何となく周りの視線がちくちくと気になったけど、我慢して歩き続けた。

 向かう先は印刷室。顧問の先生の印鑑が必要なんだけど、職員室に見当たらなくて。プリントを印刷してるらしいって情報を耳にしてやって来た。土日に学校内の施設に立ち入るには許可証が必要なんだよね。面倒だけど、仕方ない。ほら、買い出しに行ったものを冷蔵庫とかに入れなくちゃならないから。

 ……いつもだったら、臣くんに頼めば一発で済んだんだけどな。

 臣くんって、実は生徒会長だから職員室ともお友達みたいなものだ。その上、職員用の裏出入り口の鍵まで持っているんだもの。そこから出入りすることだって出来ちゃう。部活の先輩と買い出しに行くよりもずっと楽だった。それに、力持ちだし。

 ああん、駄目駄目。すぐにそんな風に考えるから、いけないんだ。臣くんばっかりに頼らないで、自分でどうにかしなくちゃ。

 

  


「はい、これでいいでしょう。火の元には十分気をつけてね」

 無事、先生を捕獲。捺印してもらってホッとする。

 よしよし、こうなったら次は意を決して2年生の先輩を突撃だ! うんうん、怖くて近寄れなかった3階フロアだけど、ここまで来ちゃったら大丈夫。今回は絶対ひとりで持ちきれる量じゃないもの、何があっても助っ人をお願いしないと。

 

 そう思って一歩踏み出そうとした、その時。

すぐそこの北階段を複数の足音が下りてきた。思わず足を止めて、その一団を見送る。時間にして、ほんの90秒くらい? だけど、私にとってはそれが永遠にも思えた。

 ――臣くん、だ。

 心臓がものすごい速さで波打って、身体中を血液が駆けめぐっていく。生徒会の役員さんたちと一緒に臣くんは私のすぐ側を通り抜けた。そう、全然こちらなんて振り向かないで。

 見慣れてるはずの横顔が、とても遠い人のように感じられた。隣にいる髪の毛がさらさらロングの綺麗な人は確か副会長さん、何かの書類を見ながら楽しそうにおしゃべりしてる。
  うん、臣くんはとても明るい笑顔で仲間たちの中心にいた。だけど、あれは私の知らない臣くん、あんな表情は見たことない。顔をくしゃくしゃにして大口で笑うんだ、すごい意外だな。

 

 そう思った瞬間に、気付く事実。私、……臣くんのこと、全然知らないんだ。

 

 ずっと一緒にいたのに、累計したら多分他の誰よりも一緒にいた時間が長いのに。私は本当に何ひとつ、臣くんのことが分かってない。どんな色が好きなのか、どんな音楽を聴くのか、今一番好きな作家は誰なのか。話題に出てくるお友達も、実は顔と名前が一致していない人が多い。

 私が知ってるのは、私に話しかけてる臣くん。何も話さなくても、臣くんは私の色々をちゃんと分かってくれた。存在が当たり前すぎて、いつの間にか見失っていたのかな。

 私には私の生活があって、臣くんには臣くんの生活がある。
  だって、私たちは「家族」みたいなものなんだから。「いってきます」と仕事に出掛けたお父さんが「ただいま」って帰ってくるまでに何をしてたかなんて気にも留めてなかったみたいに、ただ登下校の時間を共有するだけの私たちだった。

 

 ――絶対、無理。こんなんじゃ、臣くんの「欲しいの」なんて逆立ちしたって考えつかない。

 笑い声と共に臣くんが教室に消えていった後も、私は足の裏に根っこが生えてしまったようにずっとずっとその場所から動くことが出来なかった。

 

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