TopNovel>金平糖*days ・3


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 朝は臣くんがウチの正面にある電信柱の前で待っていてくれる。そして、放課後は。今度は私が臣くんを待つことになる。

 部活を掛け持ちした上に、生徒会にまで顔を出す臣くんの毎日は超多忙。私だったらとっくに頭がこんがらがって滅茶苦茶になってしまいそうなスケジュールを、それなりにこなしちゃうところがすごいなと思う。

 長く長く伸びた、ひとりきりの影。それのてっぺんを見つめながら、そんなことを考えていた。

 

「あー、こっちもはねてた」

 大きく拡大された私の髪型。右側の毛先があさっての方を向いている。全体にシャギーを入れた肩下までのスタイルは一番手入れが楽だって、担当のお兄さんが言ってくれたのに。何かひとつのことばっかりに頭が占領されちゃうと、こうだから嫌になる。

 昇降口から出て、校門の方に半分くらい歩いたところにある大きな銀杏の木。両腕を伸ばして抱きついても右手と左手が届かないほど大きな幹にもたれかかって、目の前を流れていく部活帰りの制服たちを眺めていた。最初は目新しいばかりだったこの風景にも、気付けばすっかり馴染んでいる。

 高校生活って、普通に忙しい。校外学習に球技大会、体育祭に文化祭。秋のオリエンテーリングに、冬の耐寒マラソン。そんなものを必死でクリアしてたら、もう二月。こんな感じで、また一年もう二年、すぐに過ぎていくんだろうな。

 

 ……それにしても。どうしよ、チョコレート。

 実を言うとね、まだ臣くんへの今年のプレゼントも全然準備出来てない。穂積ちゃんにばれたら「駄目じゃない」って叱られちゃいそうだけど、もう頭の中がそれどころじゃなくて。臣くんならきっとコンビニの売れ残りチョコでも喜んでくれると思うから、ついつい後回しになっちゃう。
 まあねえ、臣くんは私からの分がひとつ減ったところで全然ダメージないと思う。だから、別にいいかなって思ったりもするけど、やっぱり毎年のお約束だから何となくね。

 私が初めて臣くんにチョコをあげたのは、何と4歳の時だったんだって。当時のことは全然覚えていない、だけど確かにもらったって臣くんが言う。

 そんな感じで、今年はとうとう12回目、一ダースだ。それが何、って感じだけど。初めはお店で売ってるありきたりな市販品、そのうちに手作りのクッキーとかケーキとか生チョコとか。もしも歴代の全てをずらりと並べたら圧巻だろうな。もう一通り何もかもやりましたって感じで、すでにネタ切れって言った方がいいかも。

 甘いものも辛いものも何でも好きな臣くんだから、そんなに悩むこともないんだけどね。ううん、この「何でもいい」って言うのがくせ者だったりするのかも。

 

「くるみ、お待たせ」

 私の影の上を、もうひとつの長い影が横切っていく。赤いリュックが背中にちょこんと乗ってる感じ。学ランって、肩のラインがぴちっとしていていいよね。夕焼けはまるでスポットライト。臣くんの存在感がさらにアップしてる。

「ううん、今来たところだよ」

 少しだけ斜め後ろを歩くのが好き。臣くんに気付かれずにずっと見つめていられるから。和沙ちゃんの言葉じゃないけど、これは「眼福」。夕暮れの臣くんには後光が差していて、とっても御利益がありそうだ。

 部活の大会とか大きな学校行事の前とかじゃない限り、臣くんは5時過ぎには必ず待ち合わせ場所に顔を出す。もしも遅れるときには携帯に連絡が来るんだけど、そう言うことも月に一度あるかないか。不思議だなあと思わないでもない。だけど改まってそんなことを訊ねるのも変だし、何となく過ごしてしまってる。

 登下校に臣くんと一緒にいることは当たり前。だけど、その他のことをあれこれと詮索するのもおかしいかなと思っちゃう。……考え過ぎかなあ。

 それにさ。

 臣くんは私が「どうしてるかな?」とか考える前に、気が付くと目の前にいたりする。たとえば移動教室の時に偶然廊下の向こうから歩いてきたり。職員室に用事があって出掛けると、やっぱりそこにいたり。改めて探す必要もないくらい、見つけやすいんだ。それだけ目立つってことなんだよね。

 バス停は駅のロータリーの中。電車通学の生徒たちと一緒に、10分ほどの道のりを歩いていく。駅に続く商店街は、どこもかしこもピンク色のディスプレイ。色とりどりのハートマークが飛び交う看板の下には女子たちがいっぱいだ。
  夕暮れの通りは息が白くなるくらい冷え込んでるのに、その一角だけが五度くらい気温が上昇してるみたい。すたすたと前を行く臣くんを追いかけながら、私はちょっとだけそちらを振り向いた。

「……どうしたの?」

 臣くんはすぐに気付いて立ち止まる。私は、小さく「ううん」って首を横に振ってそのまま歩き出した。

 

 何だかね、こういうシーンに出くわすたびに不思議だなって思ってしまうの。

 だって、みんな嬉しそう。確かにバレンタインは女の子のお祭りだけど、みんな右ならえに同じになるってどうしてなんだろう。たとえばクリスマスとかは、それぞれに色々な過ごし方があるでしょう? それなのに、この祭典だけはみんな一緒ってどういうことだろう。

 確かに、チョコレートは私も大好き。眺めているだけでも幸せな気分になるし、実際に口にすればおなかも心も満腹になる。カカオやミルクの香りもふわんと濃厚で素敵よね。……だけどなあ。

 男子だって、この時期はみんな何となく落ち着かない感じになるよね。うきうきしたり、そわそわしたり。中には異様なオーラを放っていて、近づけないような人もいるよ。
  その点、臣くんはそんな風じゃないからホッとする。まあ、黙っていてもいっぱいいっぱいチョコを貰えるんだもんね。ぎゅうぎゅうに詰まった紙袋の中身は「内緒」って見せてくれないけど、あの中にはどんなにかたくさんの「想い」が込められているんだろう。

 

「……ねえ、臣くん?」

 消えそうな声で呟いたのに、ちゃんと振り向いてくれた。それなのに、慌てて視線を足下に落としてしまう私。臣くんはとにかくこちらをじーっと見つめてくるから、すごく恥ずかしくなっちゃう。

「チョコなんて、単なるかたちだよね。……どれだって、同じだと思わない? 別に大した違いもないよね」

 確かに、きらきらのラッピングも大好きだ。くどいほどの飾り付けもいかにも商魂たくましい売り込みも嫌いじゃない。だけど、その何もかもが私にとっては他人事のように思えてしまう。まるで別世界の出来事みたいなのよね。目の前に突きつけられても、すごい違和感がある。

「そうかな。本当に、くるみはそんなふうに思うの?」

すぐに私の言葉に同意してくれると思ってた。だって、臣くんは毎年どんなチョコをあげても喜んで受け取ってくれるでしょう? もちろん、他の女子に対しても同じ笑顔で同じ行動をするんだけどさ。

 なのに、全く意図しない返答。びっくりして、顔を上げちゃったよ。もっと怖い顔をしているかと思ったら、予想に反してどこまでも穏やかな笑顔。

「え……違うの?」

 どこが? とまでは聞けなかった。多分、顔にしっかり書いてあったと思うけど。臣くんは微笑みの表情を崩さないまま、続けた。

「くるみがそんな風に考えていたなんて、心外だな。ちょっとがっかりした。そんな風じゃ、僕がどんなのが欲しいかも全然分かってないんでしょう? これでもちゃんと、希望はあるんだけどな」

 首を横に振ることすら出来ずに、私はただ瞬きだけで反応した。

 

 だって、変だよ。

 こんな質問、臣くんは過去に一度だってしたことがないでしょう? バレンタインも誕生日もクリスマスも、私が選んだ贈り物を臣くんはいつも笑顔で受け取ってくれた。例外なく、すごく喜んでくれたじゃないの。

 

 そうやって、すぐに言い返せればいいんだけど。臣くんの前ではすぐ言葉に詰まっちゃう。ゆっくりと一度、深呼吸をして。臣くんは再び口を開く。

「駄目だよ、そんな顔したって。――そうだ、こういうのはどう?」

 

 気付けばそこは、バス停の前。

 私たちのすぐ脇に、ドアを開けたバスが停車してる。臣くんは一度ポケットから出しかけた定期入れをそのまましまった。いつもと同じはずの優しい顔がすごく遠く感じる。

「くるみが自分で当ててごらん? でも外れていたら、その時は受け取らないから覚悟しておいて。まだいくらか時間があるし、ひとりでゆっくり考えればいいよ」

 

 ふたりの間を通せんぼするように、バスのドアが静かに閉まった。

 

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