TopNovel>金平糖*days ・6


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「あーもうっ! 最悪ーっ……」

 誰もいない調理室。ボールとか泡立て器とかお鍋とかの器具の確認をしてた。もちろん、ひとりで。週明けの月曜日はチョコレート試作会の本番。当日は授業の後すぐに始めないと駄目だから、ここの準備は金曜日の今日中にどうにかしておかなくちゃ。
  そうそう、温度計もちゃんと用意しなくちゃね。「調理」というより「実験」に近いと言われるお菓子作りだけど、チョコレートの扱いは温度管理がとっても難しい。いい加減にやっていたら、絶対に美味しいものは出来ないんだ。

 月曜日はこの部屋を使う授業はないって言われたから、どんどん調理台の上に並べちゃう。かがんで下の棚を開けたり、引き出しの中を改めたり。一通り揃え終わる頃には西側の窓から差し込んだ夕日で部屋中がオレンジ色に染まっていた。

 

 昼休み。あんまり呆然としていたら、そのうちに5限目の予鈴が鳴ってしまった。

 仕方なくそのまま教室に戻って放課後もう一度出直すと、先輩たちはすでに帰宅した後。携帯で呼び戻しても良かったんだけど、何となく面倒でそのままにしちゃった。そりゃ時間は掛かっちゃうけど、ひとりで出来ない作業じゃない。そんな風に思っちゃったのね。

 実のところ私、誰かに「お願い」するのが苦手。口に出さなくちゃ分からないでしょって言われるんだけど、駄目なんだな。ちょっとくらい自分が大変になるだけなら、どうにかしちゃおうって考えちゃう。

 ……だけどな。

 こうやってひとりで黙々と作業していると、色んなことを考えちゃうのね。昼休みの臣くんのこととか。ぐるぐるといらないことばかり思い浮かんで、どんどん気持ちが暗くなってくる。
  誰もいないのをいいことに思わず大声で叫んじゃったら、広い部屋中の壁や天井に私の声が反響してますます惨めな気分になった。

 

 ――と。

 廊下の向こう側から、ゴム底の足音が聞こえる。ここは特別棟の1階、一番奥。授業で利用されるとき以外はほとんど人気のない場所だ。あまり静かなので、時たま図書室代わりに使わせてもらっているくらいよ。見回りの先生かなとおもったけど、まだ下校時間までには間があるなあ。

  そう思っているうちに、足音はどんどん近づいてきてやがて止まった。続いてがたがたと引き戸を動かそうとする音。こっちの部屋じゃなくて、隣の準備室の方だ。

「先生ーっ、課題持ってきました!」

 すごく綺麗なテノールだと思った。廊下に響き渡る声。でも……どこかで聞き覚えがあるなあ。そう思って背伸びして覗いたら、ちょうど向こうも引き戸のガラス窓越しにこっちを見ているところだった。

 ……あれ?

「何だ、森永さんだったのか。向こうの廊下から人影が見えたから、先生がいるのかと思った。ほら、課題の提出が今日までだったでしょう。俺、授業中に出せなかったから今持ってきたんだけど」

 ぺらぺらと振り回す数枚のレポート用紙。それを手にしている男子は、私にとってとても身近な人物だった。

「先生なら、午後出張だって。準備室、鍵掛かってるでしょう。だったら、職員室の机の上に置いておけばいいんじゃない? 私、今ここの鍵を返しに行くから、ついでに持っていってもいいよ」

 よいしょとバッグを手にして、もう片方の手を前に出す。教室の中央にいる私が、戸口に立っている人の課題を受け取れるはずもない。とりあえず、意思表示のつもりだった。

「ううん、いいよ」

 そう言って、彼は手を引っ込めてにっこり笑う。

「だったら、ふたりでいかない? そのあと、駅まで一緒に帰ろうよ」

 墨色の学ランって大正ロマンも彷彿させる永遠の学生服だけど、似合わない人はとことん似合わないって思ってた。そう、たとえるなら彼なんか最適。

 牧田くんはアイドルスマイルのまま、夕日に照らされていた。

 

  


 まあね、クラスメイトなんだし。こうやって連れだって歩くことがあっても不思議じゃない。

 だけどなー、何かすごい違和感。隣に茶色いふわふわ頭が揺れてるの、すごく落ち着かない。しかも爽やかな柑橘系の香りまでしてくる。これってシャンプーかな、それともムースか何かなのかな。男子でもやっぱ、朝シャンとかブローとかするんだろうなあ……。

 無意識のうちにじろじろと眺めちゃったのかな? ぽつんぽつんと他愛のない話を続けていた牧田くんがくるんとこちらに向き直った。長いまつげまでが焦げ茶色だ。それでも目がぱっちりと見えるのが不思議。

「……本当に面白いね、森永さんって」

「え……?」

 そんな風に言われたら、誰だって驚くよね。私がびっくりして聞き返したのに、彼はくすくすと笑うだけ。うわー、八重歯が見える。しかも片えくぼだったりして。何か男子にしておくのがもったいないくらいだわ。

「それって、『顔が』ってことなの?」

 ま、確かに絆創膏はなくなったものの鼻の頭の擦り傷は悲惨だけど。牧田くんもすぐに否定してくれればいいのにますます大ウケで笑ってる。むーっと顔をしかめたら、彼はようやく「ううん」って首を横に振ってくれた。

「あはは、やっぱり。森永さんって、俺が思ってた通りの女の子だ」

 今度は「ごめんね」って断ってくれたけど、牧田くんはまだ笑ってる。しばらくはまともな会話も出来ないまま、気が付いたら校門を抜けていた。

「……あ」

 そこで、何となく振り返ってしまう。だけど視線の先には銀杏の木がひとりぼっちでいるだけ、人影なんてない。色々手間取っていたから、いつもと同じ時間になっちゃった。やっぱり本気だったんだなあ、臣くん。今頃、どこでどうしているんだろう。

「どうしたのー? 早く行こうよ」

 ああ、いけないいけない。人を待たせちゃ、駄目だわ。小走りに牧田くんのところまで急いだら、冷たくなり始めた空気に晒されて鼻の頭がじんとした。

 

 昨日と同じ帰り道。商店街の脇を通り抜けながら、今日は女子たちの人だかりに振り向かなかった。

 そりゃあさ、私だって「友チョコ」は配るよ? でもそれは手作りが基本だし、ああやってお店で買いあさるものじゃない。ねじり飴みたいにどんどんひねくれていく私の心、脇を歩く牧田くんはそれに気付いてるのだろうか。

「フリーになったって、本当だったんだ」

 不意にそんな風に訊ねられて、綺麗な横顔がこっちに向き直る。いきなりだったからちょっとびっくりしたけど、すぐに気を取り直す。今日一日、遠巻きに視線を浴び続けていい加減嫌になっていた。同じことなら、こんな風に直球で訊ねられた方が楽だわ。

「違うもん、私と臣くんは最初からそんなんじゃないんだから。もしかして、牧田くんも誤解してるの?」

 わー、やっぱりだけど。本当にあっという間に知れ渡ってるんだなあ。ちょっときつい反応になりすぎたかなって、言い終えた後に反省したけど。彼の方はそれほど気にしてもいない感じ。

「あはは、ごめんごめん。それは知ってるよ、いつも君が木藤さんたちとしゃべってるの聞いてるから」

 木藤さん、っていうのは和沙ちゃんのことだ。ああそうか、隣の席なんだもんね。おしゃべりの内容とか全部筒抜けなんだ。別に聞かれてたって、どうってことないけど。

 

 そんなこんなしているうちに、あっという間に駅前。牧田くんは電車通学だ。じゃあねってそのまま行っちゃうのかと思ったら、歩きかけてもう一度くるりと振り向く。

「ところで。クッキング部の買い出しってどうなったの? 何か、困ってるみたいだったけど」

 ……あ、そこも聞かれてましたか。私が複雑な表情のままでいたら、彼はカメラ目線の微笑みを作って言う。

「日曜で良かったら、俺手伝ってもいいけど。だけど、条件があるんだよね。朝の10時に家の前まで来てくれる? あ、前もっているものを教えて貰えると嬉しいな」

 

「はい、これ」って、連絡先を書いたメモを私に握らせて。牧田くんはどこまでも似合わない学ラン姿のまま、駅の構内に消えていった。

 

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