TopNovel>金平糖*days ・10


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 片手に紙袋、片手にチョコの包みを持って。臣くんが、静かに私を見つめてる。

 久し振りに私に向けられた、心のこもった眼差し。それを見るだけで、もう泣けて来ちゃう。でも駄目、女の涙を武器にするなんてあんまりにもずるいことだもん。

 唇をぎゅっと噛みしめて、臣くんを見上げる。口を開くと色んなものが飛び出して来ちゃいそうで、どうしていいのか分からない。

「……うっ……」

 必死に歯を食いしばってみたけど。

 ほろんと、とうとう涙がこぼれて。その瞬間に、臣くんの瞳が少し揺れる。何度か首を横に振って「違う」って瞳で訴えてから、私は灰色のスェットの胸にしがみついた。

「……くるみ?」

 そりゃ驚くだろう、いきなりこんな風にされたら。だけど私は、滑らかな布地におでこを当てながら「これが学ランじゃなくて良かったな」なんて思ってた。胸のボタンとか、結構凶器だと思うんだよね。

「ごめん……なさい」

 そこで一度、言葉を切る。次から次からこみ上げてくるもので、声が上手く出て来ない。布団から出たての臣くんの身体は、つんと男の人の匂いがした。

「ホントはね、最後まで何も思いつかなかったの。一生懸命考えてみたけど、駄目だった。臣くんの出した問題は難しすぎて、私にはどうしても解けない。だけど……だけどね、ひとつだけ気が付いたことがあるの」

 ぐしぐしって鼻をすすって、必死で呼吸を整える。大きな心臓の音がものすごく速い。これって、私の? それとも……臣くんの?

「私、臣くんのことが好きなの。だから、……だからもう、離れているのは嫌。これからもずっと、臣くんの隣にいたい。駄目だよって言われても、きっと諦めきれないよ……」

 

 途切れ途切れの自分の言葉に、夜明けの小鳥たちのさえずりが重なっていく。坂の下、バス通りを行き交う車の音。雨戸が開く音。

 我ながら、すごい分からず屋だと思った。ちゃんと答えが出せないのに、それでも側にいたいって思うなんて。「この先しばらくは別行動しよう」って宣言されて、本当に私たちがそれきりになりそうになって、悲しくて辛くて、やっと分かった。
  今までは臣くんが側にいてくれるのが当たり前だったから、それがこの先もずっと続くように錯覚してた。いつかは臣くんに素敵な彼女が出来て、この関係が終わりになるかもって思ったけど。それも現実のこととしてきちんと認識出来てなかった。

 

 失ってから初めて気付く大切なもの、臣くんは私にとってなくてはならない人だったんだよ。

 

 昨日一日、自分なりに頑張って臣くんを探した。いっぱいの人の中から、ただひとりの存在だけ必死になって見つけ出そうとしてた。今までに知らなかった、色んな臣くん。私に対する「お兄ちゃん」の顔だけじゃなくて、普通の高校生で驚いたり慌てたりすごく新鮮だった。
  新しい臣くんを発見するたびに、私の中でむずむずと不思議な感情が膨らんでいく。ああ、そうか。私って本当に臣くんが大好きだったんだ。そして、こうしている今も、一秒ごとにどんどん気持ちが降り積もっていくんだって。

 ……もう、離れていたくないよ。

 居心地のいい「妹」のポジションじゃ、もう満足出来ないの。もっともっと、臣くんの近くに行きたい。出来ることなら、お互いが同じくらい大切なふたりになりたいな。

 

「――分かった」

 どれくらい時間が経ったんだろう。いつの間にか頬に暖かい光を感じていた。ずっと臣くんにもたれかかっていた身体、肩に手を添えてゆっくりとおこされる。目の前には優しい笑顔、朝陽にキラキラと輝いて。

「くるみの気持ち、有り難く頂くよ。……だけど、返品は不可だから。あとで返してくれって言っても駄目だからね」

 もう一度、今度はぎゅっと抱きしめられて。耳元で臣くんが「良かった」って小さく呟いた。

 

  


 あとから、分かったこと。

 最初から和沙ちゃんも穂積ちゃんも、少しも心配してなかったんだって。その他の外野の人たちも楽しくことの成り行きを見守っていたって言うから嫌になっちゃう。

 

「だってさ、今庄先輩ってすごく分かりやすいんだもの。どこにいても、くるみのことしか見てないの。とんでもなく遠くにいても、ものすごいスピードであっという間に接近してくるんだよ。生徒総会で壇上に立ったときだって、視線の先には絶対くるみがいるんだもの。もう、あれには全校じゅうが呆れてたわよ」

 和沙ちゃんがそう言えば、穂積ちゃんも大きく頷いて続ける。

「みんなすごく同情していたのよ、だってくるみちゃんは今庄先輩の必死さに全然気付いてないんだもの。『長すぎる春』とは言ってもあんまりよね。先輩がストライキを起こすのも無理はないわ」

「もうちょっと、きちんと周りを見た方がいいよ」って笑顔で付け足してくれた。そうかなあ、そんなに私って鈍感? そんなことはないと思うけど、きっと臣くんが上手に尻尾を隠していたのよ。

 

隣の席の牧田くんとは、何だかいい友達になった。彼はやっぱり「ラブの伝道師」だったんだね、感謝しなくちゃ。

「ホワイトデーに向けて、また試作会を開かない? 友チョコのお返しとかで、今時の女子は結構3月も忙しいみたいだしさ。ま、材料のことは任せておいて。今度は生徒会長と一緒に店まで受け取りにおいでよ」

 そんな風に笑う口元には八重歯、そして片えくぼ。これからは牧田くんを見習って、可愛い自分を演出する術も身につけなくちゃって思うわ。

 

  


「おはよう、臣くん。今日もいい天気だね!」

 電信柱の前、ゆっくりと微笑む臣くん。私たちはあんまり変わってないような気がするけど、とりあえずこれは「彼女」のポジションなのかな。うーん、悩むわ。

「そうだ、くるみ。ホワイトデーのお返しは何がいい? 希望があれば、何でも言っていいよ」

 ここ危ないよって車止めを避けてくれてから、ふと思い出したように臣くんが言う。声を聞いてるだけで心地よくて、つい内容を聞きはぐっちゃうのが困るわ。何かいいなあ、臣くんがちゃんと隣にいるのって。

「えー、そうだなあ……」

 ぐるんと首を回して、ピンとひらめく。ああ、いいかも。これ、使っちゃおう。

「私が一番『欲しいの』、臣くんが考えてよ。……でも、違ってたら受け取らないよ。分かった?」

 えへへ、反撃だよ。

 だって、やられっぱなしじゃ口惜しいもの。ひとりぼっちの時間に心の中に増殖した金平糖たちはいつの間にか甘い砂糖水に溶けちゃったけど、たった一粒だけ残ってたみたい。

 臣くん、一瞬だけ驚いた顔になって。それからすぐ、にこーって笑う。この頃は私も恥ずかしがらずにアイコンタクトが取れるようになったんだよ。目があったら、ちゃんと見つめ返すことが出来る。それだけでもすごい進歩。

「すぐに10個くらい思いつくんだけど、全部ひとつずつ試してみてもいい? ――ただし、人前ではやめた方がいいようなのもかなりあるなあ。……ま、くるみのご希望とあれば僕も頑張るけどね」

 

 ふふふって笑って、そのまま歩いて行っちゃう。いつもの坂道、見上げれば真っ青な空。私と臣くんの新しい一日が今日も始まる。

 慌てて追いかける私の傍らで、沈丁花の甘い香りが漂っていた。

おしまい♪(060216)
>> あとがき

 

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