TopNovel>金平糖*days ・7


1/2/3/4/5/6/7/8/9/10

 


 日曜日はぽかぽか陽気の上天気だった。

 空は絵の具で隅々まで塗りたくったような青空で、厚めのコートだと汗ばむくらい。重い荷物を運ぶことを考えて、薄いパーカーを選んだ。もちろんパンツルックで運動靴。ちょっとだけ、ピクニックっぽいかな。

 

「なんだあ、こういうことだったのね」

 駅を降りて、15分ほど。渡されたメモの通りに歩いて辿り着くと、私の第一声はこれだった。

「うん、まあね。騙し打ちみたくなって、ゴメン。でも本当に助かったよ」

 アーケード付き商店街の一角にある食品雑貨店。その奥から出てきたのは店名の入ったエプロンをした牧田くんだった。どこかの運送会社に似てる赤と白のしましま柄なんだけど、軽めのデザインがが彼にとっても似合ってる。

「森永さんにリストアップして貰ったもの、揃えてみた。中の方で確認して?」

 ああ、この人ってこんな表情をしたりするんだな。鼻の頭が少し赤くなった照れ笑いを眺めながら、何とも不思議な気がした。

 支えの鉄筋とかかなり年季が入ってるアーケード街は、せっかくのお天気空を遮って何だかもったいない感じ。見上げてみると、ところどころ錆が浮かんでいたりするしね。ずらりと並んだ店舗は全部で3、40軒と言うところかな?
  何十年も前から変わらない感じの造りの店先がほとんどで、目の前は薬局。ちゃんちゃんこを着たゾウの人形が2体、埃をかぶってる。シャッターが降りたままの店舗もチラチラ見える。

「何か親父が、バレンタインの商品を仕入れ過ぎちゃったってぼやいていたからさ。どうにかならないかとずっと考えてたんだ。まさか、学校で女子たちに売り歩くわけにもいかないしなあ……」

 陳列棚とかは古めかしいけど、ここのお店はほとんどコンビニと変わらない品揃えだった。へええ、意外。牧田くんの家って、お店やさんだったんだな。
  配達に出ているっていうお父さんは不在だったけど、綺麗な女の人がお店番をしていた。てっきり牧田くんのお姉さんかと思ったら、お母さんだと教えられてびっくり。えー、ウチの母親と同世代には絶対に見えない。

「ごめんなさいね、主人がいれば車で運んであげられるんだけど。本当に申し訳ないわ」

 お母さんはそう言って、お総菜パンの包みを渡してくれた。丁度学校に着く頃にお昼だから、向こうで食べなさいって。商店街の入り口にあったパン屋さんの袋だった。わ〜嬉しい、美味しそうだなと外から覗いていたのよね。

 お店に置いてない品物は近所を当たってくれたそうで、試作会に必要な材料は全て揃っていた。買い出しのときはいつもお店を何軒かはしごするから、今回は手間が省けて嬉しい。そのあと手分けして紙袋に詰めたんだけど、牧田くんはすごく手際がいいの。ちゃんと重いものを底の方にしたり、色々考えてくれてる。
  その上、予定していたよりもずっと安く上がっちゃった。いいのかなあ、すごいおまけしてくれたみたい。もしかして卸値とかなのかな……?

 

 製菓用の塊チョコとか小麦粉とか入った重い袋を牧田くんが、チョコスプレーなどの飾りや紙ケースなどの入った軽い袋を私が持って、駅に向かった。

 

  


「二年前に、ここを抜けてすぐのところに大型スーパーが進出してきてね。今、この界隈はどこも経営が苦しくて大変なんだ。親父もついうっかりそれを忘れて発注出したりするから、この通り。買い取りだから、どうにかして売らなくちゃヤバイしね。ちょっと恥ずかしいところを見られちゃったかな」

 以前はひとり雇っていたバイト店員さんも、半年前に辞めてもらったそうだ。ぎりぎりいっぱいの経営なんだってことが、ちょっと覗いただけの私でも分かっちゃう。

「そうかー、だから土日は忙しいっていつも言ってるんだね?」

 牧田くんが特定の彼女を作らないって話は有名だ。私ですら小耳に挟んだことがあるくらいだもの。さすがに教室で隣の席に座った女子を五割り増し輝かせるってのは知らなかったけど。ミルクティーを思わせる綺麗な顔立ちなのに、もったいないなとか思ってた。……ま、それは臣くんにも言えることだけどね。

 その理由が家の手伝いだったのは、すごく意外。ちゃらちゃらしたイメージがあるんだろうな、すっごく軽い男子なんだって勝手に認識してた。

 実は女子には興味がないんじゃないかとか、アヤシゲなバイトをしてるんじゃないかとか、言われてるらしい。うん、確かに牧田くんはホストクラブとか似合いそうだね。ナンバー1とかになれるかもよ?

「うーん、それもあるけどなあ。なんかさ、面倒くさかったりしない? そういうのって」

 かなりの重量になっているはずの紙袋を、軽々と持ち上げる牧田くん。「これくらいの力仕事は朝飯前だよ」なんて顔に似合わないことを言う。

「女子ってさ、俺と話すると固まるんだもの。何か、マジでガチガチになってどうしようかと思うよ。もう少し肩の力を抜いて欲しいなと思っても、そんなこと直接言えるわけないだろ?」

 ……ええと、それは。

 多分、牧田くんがあまりに格好いいから緊張してしまうんじゃないでしょうか? こんな風にキラキラ光線を放ってたら、仕方ないよ。それは相手の女子が悪いんじゃないと思う、不可抗力って奴だ。

 整った顔とそうじゃない顔って、どこがどう違うんだろうね。みんな同じように眉毛と目がふたつずつ、鼻と口がひとつずつなのに、どうしてこんなに別の顔になるのか不思議。ただ単に「まつげが長い」とか「ぱっちり二重まぶた」っていうだけじゃないと思うんだ。

 だって、牧田くんは臣くんとはだいぶ違うもの。それでもそれぞれに格好いいんだよね?

「それにしても、やっぱり森永さんって面白いや。……ふふ、嬉しいな」

甘いミルクチョコレートみたいな笑顔で、そんなこと言うんだもの。思わず「はぁ?」って呆れちゃったよ。そう言えば、一昨日の金曜日にもそんなことを言ってたよね。

 私がまたムッツリした顔になったのが分かったんだろう。牧田くんは「ごめん」って素直に謝ってきた。

「いや、あのね。森永さんって、他の女子とは違うなって思ってたんだよね、前から。どこがどうっていうのは分からなかったんだけど。ようやく隣の席になって、やっと確信した。そうなんだよ、森永さんって俺のこと全く意識してないだろ? 最初からアウトオブ眼中でさ。そういうの、すごく新鮮だった」

「……?」

 何それ、絶対に誉めてないでしょう? それにしても、あまりにも自信家な発言ね、びっくりしちゃう。どうして嫌みなくこんなことを言えるんだろう。

「俺と一緒にいて、ここまで自然に振る舞ってくれるって貴重だよ。真正面からじーっと見つめられたりするとね、こっちの方が照れちゃうな」

「……そう?」

 何だか、言ってることがよく分からない。私が曖昧に小首を傾げると、牧田くんはまたくすっと笑った。

 

 校門をくぐって、休日に校舎に出入りする時に使うことになっている職員玄関の前まで辿り着く。

 一度自分の持っていた荷物も牧田くんに預けると、許可証を出して守衛さんに見せて調理室の鍵を受け取る。そのあとノートにクラスと名前を書いて、ようやく完了。ついでだから、牧田くんの分も書いてあげた。
  その時ふと思いついて、記入欄を遡ってみる。やっぱり、というか何というか、臣くんの名前はない。もしかしたら生徒会の仕事で来てないかなーって思ったのに、違ったのか。それだけのことでがっかりする自分がおかしかった。

「……生徒会長に、無理難題を突きつけられたんだって?」

 上がり口のところで待っていた牧田くんが、ふとそんな風に切り出す。先に靴を脱いで荷物を受け取ってから、彼の方に向き直った。やっぱり、綺麗な顔だ。茶色っぽい目が、子犬みたい。

「それで、答えは出たの?」

 続けざまな質問に、私は黙ったまま首を横に振る。ああ、やだな。せっかく忙しさに紛れて忘れたふりをしていたのに、どうして思い出させるようなことを言うんだろう。意地悪だよ、牧田くんは。

「いいの、もう。臣くんなんて、知らないんだから。最初から、私に考えつくはずがないって分かっていてあんなことを言ったのよ」

 すたすたと牧田くんの前を歩きながら、無理に元気よく言った。そうしないと、また悲しくなってくる。臣くんに突き放されてしまった事実を、私はまだきちんと受け入れられてない。

「ふうん、……そうなんだ」

 その瞬間、あれ? って思った。いつの間にか私を追い越して目の前に立ちはだかった牧田くんが、じーっとこちらを見つめてる。その瞳が、……何というか、すごくアヤシゲ。いや、この場合は色っぽいって言うのかな?

「森永さんが完全に生徒会長と切れたって言うなら、俺は正式に立候補しちゃうんだけどな。これで、結構強引だと思うんだけど、覚悟出来てる?」

 どこまでも自信たっぷりな顔、じっと見つめている私の方は一体どんな表情をしていたんだろう。一呼吸の沈黙を置いて、彼はふっと顔を和らげた。

「ま、それでもいいんだけどさ。その最初から投げやりなのは気に入らないな。まだバレンタインまでは二日の猶予があるんだから、もう少し頑張ってもいいんじゃない? 『考えつくはずがない』って諦める前に、もっと出来ることがあるでしょう」

 ぼんやりしたままの私の手から鍵をもぎ取って。彼は紙袋を持ち直すと、ずんずん廊下を先へ歩いていった。

 

<<     >>

TopNovel>金平糖*days ・7