TopNovel>金平糖*days ・2


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「へー、2時か。そりゃ、ちょっと遅いわね」

 午前中の授業が終わって、お昼休み。私はいつものように友達と3人で机をくっつけてゴハンしていた。

 グレープフルーツジュースをストローで飲みながら、そう言ったのが和沙ちゃん。きりりとした大きな目が印象的な弓道部員だ。この界隈で弓道部があるのがウチの高校だけだから選んだんだって。部活やってる和沙ちゃんはとても格好いいの。つり目の要因になっているんじゃないかって思うほど、きりりとまとめた髪の毛。シニヨンの先っぽに尻尾をわざと出したテク。

「うーん、でも。その夜更かしを知ってるってことは、今庄先輩はくるみちゃんよりも遅くまで起きてたってことになるよね?」

 和沙ちゃんとは対照的におっとりと柔らかい話し方をするのが穂積ちゃん。こちらは華道部員。このふたりはジャパニーズな取り合わせだなといつも思う。何でもさる家元と縁続きで、小さな頃から当たり前のようにお花をやっていたって話。他に日本舞踊も習ってるんだって。

「あー、それもそうね。突っ込むべきはそこだったわ!」

 

 ……別に、突っ込まなくてもいいと思うけど。

 ふたりの会話をのんびりと聞きながら、私もお弁当の蓋を開けた。今朝は慌てていたから、レンジでチンのコロッケを入れて来ちゃった。あとは作り置きのきんぴらと朝ご飯の残りの卵焼き。ほうれん草のおひたしも添えて。白ご飯の上には、大好物のたらこふりかけだ。

 ウチの高校はすぐ隣にコンビニがあるし、購買部も充実してる。だからかな、お弁当を持ってくる生徒は全校の半分くらい。中には「足りない」とカップラーメンを持参してくる男子もいる。

 お箸を動かしながら、ぼんやりと考える。そうかー、それもそうだな。臣くん、この頃すごく忙しそうだし。いつも参考書とか手にしてるし。よくよく考えたら、あとひと月半で受験生。きっと臣くんのことだから、現役合格を考えてるんだろうなあ。
  選択科目から言って理系なのは分かってるけど、志望校はどこなんだろう。それも聞いたことがなかった。臣くんのことだから、私が聞けばすぐに答えてくれるはずだけど。何かいつも臣くんばっかりしゃべってる感じなのね、聞かれたことに短い言葉やジェスチャーで答えてるだけで時間が過ぎちゃう。

 

「で、……決まったの? 肝心のメニューは」

 へー、本当だ。いろんなのがあるんだねーと私が持参した雑誌をぱらぱらしている穂積ちゃん。

 彼女にはお弟子さん仲間の彼がいるけど、もうプレゼントはとっくに調達済み。さる老舗の洋菓子店がお得意様だけに限定で発売するチョコと、それから手編みのセーター。そっちも見せてもらったけど、タグを付けてお店に並べられそうなプロ級の仕上がりだった。

「ギリギリになって慌てたって、いいものは出来ないわよ。やはり、ゆとりがないとね」

 二月の声を聞いた頃から思い出したように編み棒と格闘しているクラスメイトを横目で見て、結構きついひと言。いつもはガンガンと勢いのいい和沙ちゃんも、穂積ちゃんには頭が上がらないってぼやいてる。

「ううん、全然。だから、困ってるんだよ〜っ!」

 私は、臣くんにするよりもずっと派手なリアクションで首をぶんぶん横に振った。

「みんな期待してるのは分かってるから、なお困るんじゃない。色々と試作はしてるんだけど、コレって言うのがないのよね。材料だって買いに行かなくちゃ行けないのにーっ!」

 あああ、思い出したらまた頭がぐるぐるしちゃう。お弁当の味だってよく分からなくなっちゃうよ。

 

 ――え? 私が何をそんなに悩んでるって?

 実は、私はクッキング部に入ってるの。うん、部員がなかなか集まらなくて、そこも悩みの種なんだけどね。それでもやることはなかなか本格的。レシピの研究とかしちゃうし。お陰で私も長年の夢だったふんわりしっとりのスポンジをようやく焼き上げられるようになったんだよ。
  この高校に入学して、本当に色々見て回ったんだけどなかなかピンとくる部活が見つからなくて。運動部は中学の頃からばりばりにやっている人向けだし、それについて行けるだけの自信もなかった。だけど帰宅部もなーって思ってたところに辿り着いたのが調理室。そこで「おおっ!」っと思った。
  本当にカリスマみたいな素敵な3年生の先輩がいてね、その方に憧れて入部したの。でも、夏で引退されちゃったし、もう今は自宅学習期間になっちゃって通学もしてない。先輩がいたら相談も出来るのに、受験でお忙しいときにそうも行かないでしょ? 現部長を含めた2年生の先輩3人は「あなたにお任せするわ」って逃げちゃって、もうどうにもならない。

 何か、ウチの部の伝統行事なんだって。バレンタイン直前の放課後に部外者も集めてのチョコレート試作会をするんだよ。材料費は実費で頂くけど、毎年それはすごい人気。今年も定員オーバーで抽選になった。
  しかも、今年はバレンタインデー当日が火曜日。土日は原則として学校施設の使用が禁止だから、どうしても月曜日の放課後にするしかない。参加者のほとんどは「チョコを手作りするのは初めて」という初心者ばかり。簡単に出来て美味しくて見栄えもするレシピなんて、どうしたらいいんだろう。
  これだけ市販のチョコが出回っているんだから気軽に買って済ませちゃえば良さそうなものだけど、やっぱり「手作り」には特別の良さがあるみたい。それに今時は「義理チョコ」ならぬ「友チョコ」が当たり前に浸透してるでしょう? 女の子同士でチョコの交換をするんだったら、ちょっと可愛くて懐の痛まないのがベストよね。

 1年生は私の他にふたり部員がいるんだけど、これまた申し合わせたようにインフルエンザで出校停止。出て来られるのは試作会当日の月曜日っていうから、使えないったらない。

 

「去年一昨年が盛況だったらしくて、今年は今までにない申し込み人数だったんだよ。そこまで頼りにされて、全然駄目だったらヤバイよ。それこそ、同好会に降格になっちゃう〜っ!」

 もう、そのまんま頭を抱えちゃうわ。お弁当も訳が分からないまま完食、こんなじゃ満腹感がなくてダイエットには良くないんだけどね。

「だけどさー、それにしても余裕よね? くるみってば、有り得ない。前髪失敗してるよ? いつ言おうか悩んでたんだけど……」

 そう言って、携帯用のミラーを差し出してくれる和沙ちゃん。

 それを見て、びっくり。うわー、前髪が見事に爆発してる……! ウチの学校の女子トイレ、鏡がついてないのね。だから、全然気付いてなかった。

「ほんと、さすがって感じね」

 くすくす笑いながら、穂積ちゃんは寝癖直しのスプレーを貸してくれた。それほど大きなバッグではないのに、穂積ちゃんって色んなものを持ち歩いてるの。この前、後ろ頭がどうにもならないくらい悲惨だったときには筒の中にホカロンを入れるカーラーまで出してくれた。

「だって、くるみちゃん。この間の席替えで、牧田くんの隣になったでしょう? それなのにここまでの脱力感は珍しいって、噂が他のクラスまで広まってるわよ」

「……へ?」

 何だそれは、全然知らなかったわ。もともと状況把握が出来てない方だとは思ってたけど、何その「噂」っていうのは? 確かに私の隣は牧田くんだけど、教壇とは反対側の位置だからほとんど視界に入ってない。何か意味もなく右手の方からキラキラしたものを感じるなあとは思ってたけど。

 目をぱちくりさせていると、「仕方ないなー」って感じで和沙ちゃんが教えてくれた。

「あのね、牧田って中学時代からすごいらしいよ? 同じ中学だった子から人づてで聞いた話だから何とも言えないけど。やっぱさ、ああいうのが近くにいたら普通は身構えるじゃない。牧田の隣の席になった女子は五割り増しに可愛くなるってもっぱらの評判なんだよ。あわよくば、ジャニ張りの彼氏が出来るんだしね」

 

 さらに話を聞いていくと、その黄金ポジションに座った女子は必ずと言っていいほど他の男子に告られてめでたくカップル誕生になるらしい。ウチのクラス、やたらと春めいた空気が漂っていると思ったら、牧田くん効果だったのか。
  今まで11ヶ月、全然気付いてなかった私も私だ。乙女なパワーが欠落していて、バレンタインチョコの指導なんて出来るのかしら。

 牧田くんは、ふんわりと茶髪で肌もミルク色。臣くんとはタイプが違うけど、やっぱり綺麗な顔だと思う。格好いいと言うよりは、可愛いって感じかな。
  でもなー、声をかけられた記憶もあんまりないし。牧田くん、いつも寝てるし。だから「まつげが長いなー」ってくらいしか印象ない。ふむー、彼がラブの伝道師だったとは。

 

「まあ、いいじゃないの。くるみはくるみで」

 和沙ちゃんと穂積ちゃんは、顔を見合わせてくすくす笑ってる。

「今日も今庄先輩と一緒に帰るんでしょう? だったら、先輩に一緒に考えてもらえばいいんだよ。それが一番確実だと思うんだけどな」

 

 そこで、タイミング良く予鈴が鳴る。午後の授業は体育と化学。着替えと教科書を一緒に持って、私たちは女子更衣室へと向かった。

 

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